第三章 狙われた馬車
白百合亭の裏門から一台の馬車と、馬に乗った騎士たち24人が出てきて、蹄の音を響かせ、宿場町を後にした。明け方の空は東から朝日が昇り、馬車に掲げられたベリロナイト国旗を照らす。
「間違いねぇ、あの馬車だ……」
「甲冑鎧を着た妙な騎士もいるしな。馬鹿め、いい目印だ……」
花嫁行列がカルチェラタンの港町へ続く街道へ差しかかったとき、道脇の藪や木陰から既に待ち伏せていた、こちらも20人以上いる義勇十字団員らが、馬車の車輪へ向かって石を投げた。ガタン、ガタンと車輪は大きく揺れる。
馬車の前席に乗っている、ハンチング帽子を目深に被った馭者が馬を止めると、彼らは一斉に物陰から飛び出し、行列を左右で挟むように囲み始めた。
「貴様たち、何のつもりか! 王女殿下に無礼であるぞ!」
「何者だ!」
騎士たちは険しい表情を作り、馬に乗ったまま、腰に下げた剣を抜く。
「黙れ! お前たちに名乗る義理はない!――行くぞおおおおおおおお!」
義勇十字団たちは懐の中から短剣を取り出して、王女が乗っている馬車めがけて襲いかかった。車窓に女性らしき小柄な人影がいることを確認できる。
そこへ彼らの前方を遮るように、黒馬に乗った甲冑の騎士オリバーが突進し、鉄の塊のような大剣を思い切り振り上げた。
「やぁやぁ我こそは、ベリロナイト騎士団が一人、オリバー・ウッドストックなり!――ドゥオリャアアアア!」
オリバーは、先頭を走っていた義勇十字団の男の頭頂部に大剣を叩きこんだ。男はザクロのようにパックリと頭が裂け、前のめりに倒れ込む。
「ヒッ……!」
悲鳴を上げる隙すら与えられず、他の義勇十字団員も次々とオリバーに叩き斬られた。歩兵同然の彼らと馬上の騎士とでは、リーチに大きな差があったのだ。
オリバーはあっという間に5人屠り、地面に血溜まりをつくる。
今しがた起こった光景に、残りの義勇十字団員らは恐れおののき、馬車へ前進するのを躊躇った。
得意げに勝ち誇るよう、大剣を肩に担ぐオリバーであったが、他の騎士たちに叱責された。
「馬鹿者! 敵を怯ませてどうする!」
「作戦を忘れたのか!」
甲冑の騎士はハッと思い出すと、兜の頭を項垂れて面目なさそうに「申し訳ありません……」と弱々しく呟いた。
その間に義勇十字団らは気を取り直す。
「こ、こいつら……よくもやりやがったな! かかれ!」
そして今度は横一列にまとまると、再び馬車へ突進しようとする。無謀に見える行動だが、意外にも騎馬隊は機動力を封じられると、途端に不利になってしまう。義勇十字団員たちは騎士の攻撃を回避したり、短剣でかわしたりしながら、彼らの跨っている馬の脇腹や脚を斬りつけた。
「ヒヒィィィン!」
負傷した馬は手綱の制御が利かず、そのうち数頭が大暴れして主を振り落とし、逃走した。
「うわぁッ!」
落馬して地面に叩きつけられる騎士が相次ぐ。将を射んとする者はまず馬を射よ、とはよく言ったものである。
そうやって騎士を馬から落とす者もいれば、逆に背後から騎士に斬られる者もいた。普段は行商人や旅行者が往来する街道は、土埃が舞い、血飛沫が霧散し、食うか食われるかの殺伐とした戦場に変わっていく。
「プリムロォォォォズ!」
双方ともに怪我人を増やしていく鍔迫り合いの最中、動きの素早い義勇十字団の一人が、騎士の攻撃をくぐりぬけると、飛び込むように馬車へ突撃した。彼は馬車の低い足場に足を掛け、バァンッと乱暴に馬車のドアを開く。
その瞬間。
中から一振りの刃が飛び出してきたかと思うと、男の左胸を刺した。
「グァア……ッ!」
急所を刺された男は、仰向けに倒れる直前、血走った目を見開くと、予想外の反撃をしてきた王女を睨みつける。
(……いや、違う……! こいつは王女じゃない!)
目の前の、小ぶりの剣を持つ華奢な体型の人物は、頭に大きなリボンをつけ、ドレスに着飾り、いかにも少女らしい容姿だったが、ベージュの髪色と茶色の目がプリムローズ王女の特徴と違っていた。
自分たちが罠にはめられたことを悟りながら、男は倒れ込んで息絶えた。
「意外と、馬車の中って狭いんだね。剣を振りづらいよ」
王女に扮した人物――ユリエルは、斬った敵が息絶えたのを確認すると、ふう、と溜め息をつき、馬車の開け放たれたドアから身を乗り出す。
「おい、あれはプリムローズじゃないぞ!」
それを見た義勇十字団らは驚愕し、みるみる顔を真っ赤にして怒りに震えた。
「畜生、たばかったな!」
「全員皆殺しにしてやる!」
彼らが一斉に、馬車にいるユリエルへ襲いかかろうとすると、前席で馬の手綱を持っていた馭者が突然立ち上がり、背もたれに隠していた長いサーベルを抜刀して、素早く応戦の構えをとった。
「……ッダァアアアアアア!」
馭者は馬車から高低差を利用して、迫りくる敵を片っ端から剣で突き刺した。しかし、後方から身を屈めて潜んでいた敵の一人が、跳躍しながら馭者を狙う。
殺気に気付いた馭者は、間一髪で短剣の攻撃を避けたが、激しく動いた拍子に被っていた帽子が飛んでしまった。彼の角刈りにした銀髪が露わになる。
「ム……!」
馭者の正体はノーマンだった。
ユリエルがとっさに馬車から下りると、ノーマンを背後から襲いかかってきた者を、スモールソードで斬りつけ、瞬く間に倒した。
「気を付けなきゃあ~」
「すまない……」
二人はお互いの死角を補うために、背中合わせになって連携をとることにした。
負傷した先輩の仇をとるために、オリバーも意気込んで、大剣を振り回しては、手当たり次第に義勇十字団員を叩き斬る。
「ドゥオリャアアアアアア!」
こうして、戦いから30分ほど経過した。深手を負った者もいるが、ベリロナイト騎士団は、義勇十字団26人を全滅させることに成功した。
影武者のさらに影武者を務めたユリエルは、無残に転がる死屍累々をよけて、負傷して地面に座り込む仲間たちへ近寄り、しゃがみこんだ。
「大丈夫……? 痛そう……」
最年少の騎士に心配そうに尋ねられると、騎士の一人が止血した肩口を抑えながら、引き攣った笑みで強がり、冗談を飛ばした。
「ああ、白百合亭にもう一泊しようかな……」
もう……と、ユリエルが困ったような笑顔を浮かべると、彼はこう続けた。
「情けないが、もはや俺たちは足手まといだ。グスタフの言った通り、比較的、傷の浅い奴らで重傷者を運んで、先に城へ戻るよ。お前たちも影武者の侍女と無事に帰ってこいよ」
「怪我人だけで帰れるの? ボクも行こうか……?」
ユリエルがそう言うと、後ろにいたノーマンが、屈んで彼の肩に手を置き、首を静かに横に振った。
「グスタフも、言っていた……この作戦の目的は、義勇十字団をおびき寄せて、奴らの戦力を削ぐことだ、と……。一人でも多くの、義勇十字団を討たないと……」
周囲の負傷した騎士たちも、「そうだ」、「先に行け」とユリエルを促した。彼は後ろ髪を引かれながらも、頭を振り、深く息を吸って、決心したように頷く。
ユリエル、ノーマン、オリバーを含めた18人の騎士たちは、馬車を置いていき、グスタフやアイヴィーたちと合流しに向かった。
ちなみに馬車を引いていた2頭は、もともとユリエルとノーマンの馬だったので、彼らはそのまま乗っていった。
負傷した騎士らは馬で走り去る仲間たちを見送ると、手当てが済んだ順に肩を貸しあい、恐る恐る立ち上る。重傷者は馬車に乗せ、残っている馬で引かせようとした。
だがそこへ、複数の足音が地面を伝って響き渡った。騎士たちが振り向けば、30人以上の男たちが宿場町のほうから押し寄せている。人だかりのてっぺんに、百合の花を剣で突きたてたマークの、黒地の旗が高く掲げられていた。
「……伏兵がいたのか……!」
騎士たちは、怒涛の勢いで急接近する新たな刺客を凝視すると、背筋に悪寒を走らせた。多勢に無勢、しかもこちらは怪我人ばかりである。絶体絶命の状況に瀕し、焦燥する脳内は破滅の未来しか描けなかった。
「……」
しかし皆、逃げようとはしなかった。今更手遅れであったのと、どうせ勝敗が見えているなら、最後まで全力を出し切ろうという騎士道精神が、彼らを奮い立たせた。一人が剣を構えると、包帯を巻いた肩口に血が滲む。
「よくも同胞を殺したなッ!」
「うおお! 死にさらせ、国家の犬ども!」
「天誅を下す!」
義勇十字団らはまとまり、6人しかいない騎士たちへ突進した。
アルカネット暦445年5月14日。カルチェラタン港へ続く街道の途中で、義勇十字団が騎士たちを襲撃し、戦闘が勃発した。義勇十字団28名死亡、3名が重軽傷。対する騎士は6名死亡した。




