第三章 怒れる暴徒
松明を手にした集団が、3階建ての白百合亭を取り囲んで見上げては、誰もがニヤニヤと、心に悪魔を宿したような凶暴な笑みを浮かべている。
「出てこいプリムローズ! 俺がお前の首を斬り落してやる!」
「滅びるがいい! 帝国に媚び入る恥知らずブスが!」
「全てのベリロナイト人の尊厳を守るため、義を以て貴様を血祭りに上げてやる!」
目の血走った男たちが白百合亭へ向かって、門前でワァワァと過激な暴言をがなりたてていると、門番を任されていた10人の警備隊がスクラムを組み、長槍を彼らへ振りかざした。
「うるさい、他のお客様の迷惑だ! 串刺しにするぞ!」
だが警備兵の警告に怯むことなく、彼らは喚き続けた。
「とぼけてんじゃねぇぞ糞用心棒ども! このカス宿が王室に貸し切られてるってことは、とっくにばれてんだよ!」
「我々に逆らう者は一族郎党皆殺しにする!」
民主主義万歳! 義勇十字団万歳! と口々に唱え始める革命戦士たちの双眸は、理性の光などなく、説得に応じる相手でないことを物語っている。
去年あたりの、その名が巷で知られはじめた頃の義勇十字団は、過激派組織と恐れられながらも「独裁的な専制政治を廃止し、国民のための国家を創ろう」といった論理的なモットーを主張し、一応の体裁を保っていた。しかし最近、テロ活動を積極的に行いたい武闘派が急増し、暴徒化の一途を辿っている。
「キェエエエエエエエエ!」
奇声の発せられたほうへ、何事かと警備兵らが振り向けば、義勇十字団が一人、二人とレンガの塀によじ登っていくではないか。
「よせ! 下りろ!」
警備兵が顔を青ざめつつ、塀にしがみつく一人を引き剝がそうとしたが、その手を食いちぎらんばかりに噛みつかれた。
「ギャアアアア……!」
「フギィィィィィ!」
文字通り警備兵に噛みつく義勇十字団員は、歯を食いしばり、唸りながらサメのように決して放さなかった。
「やめろこの野郎!」
もう一人の警備兵が仲間を助けようと、噛みついている男の脇腹を、ドスッと長槍で突き貫く。
「グゥオッ……!」
やっと男は口から警備兵の手を放し、そのまま地面へ倒れ込んだ。
次の瞬間、長槍を持った警備兵は、背後から別の義勇十字団員に飛びかかられ、首筋を思いきり噛まれた。
「ウワアアアア!」
それを皮切りに、義勇十字団は一気に門前の警備隊を取り囲んだ。スクラムはどんどん押されていき、崩れかかっている。
「義勇十字団こそ絶対なる正義である!」
「よくも俺たちの同胞を手にかけたな、許さん!」
「我々に刃向かうならば、たとえブルジョアでなくても抹殺する!」
正気を失った集団は、国家転覆の黒き御旗を掲げ、手にした松明の炎は赤く揺らめき、暁方の薄暗い空を覆い隠すようであった。
(駄目だ、この白百合亭は、もはや煉獄と化した……!)
警備隊は門を背にして絶望し、死を覚悟した。
そのとき。
「大変だ、お前ら! 裏門から馬車が出ていったぞ!」
裏門に張り込んでいた義勇十字団の数人が回り込んで、ここ正門へ駆け込んだ。仲間の知らせに男たちは「なにッ!」と驚嘆の声を上げる。
「プリムローズ、絶対プリムローズだ! 裏門から逃げるとは卑怯な!」
「殺せ殺せ!」
暴徒たちはウオオオオオと雄叫びを上げながら、砂埃をたて、一人残らず怒涛の勢いで裏門へ走り去った。なんと警備兵に刺された者も起き上がり、脇腹を抑えた手を血で染めながら無我夢中で走っていった。
首筋を噛まれた警備兵は傷口を抑えたまま、地べたに倒れ込む。同僚に介抱されながら、掠れた声で恐怖を呟く。
「あ……あいつらは異常だ……。人の皮を被った化け物だ……!」




