公女クラリーチェの新しい恋
クラリーチェは恋をした。
今度こそ運命の恋だ。
両想いになれる恋だ。
その筈だ。
特別に参加を許された送別会という名の夜会で。
第一公子コラードと想い人アンブロワーズ・ノーランドが談笑している。
公女クラリーチェはそっと近付いてその輪に加わった。
いつも優しい兄公子だけど、公の場で他国からの使者を相手するコラードの声は固くて何処か冷たい。
今すぐにでも立ち去りたい気になったクラリーチェだったが、アンブロワーズの声がして足はその場に縫い付けられてしまう。
涼やかな声音に心臓が早鐘を打っているようだ。
一週間程前に謁見の間で挨拶を交わした時とは違う仕事をする男の人の声だ。
クラリーチェはちらりとアンブロワーズを盗み見た。
彼は山の上の国の騎士団団長。騎士服に身を包み残念ながら帯剣はしていないが隙のない身のこなしをしている(クラリーチェには分かる筈もないが)。油断なく辺りを窺っていた藤色の瞳がクラリーチェを認めて細められた。
そう、クラリーチェに微笑んだのだ。
クラリーチェは息を飲み顔を真っ赤にさせて俯いた。
そのまま何も言えず、そそくさと輪から離れてしまった。
中庭に出ると思いっきり空気を吸い込んだ。
そして、クラリーチェを追い掛けて来た弟公子エルネストに向かって言う。
「エル!どうしよう、私!アンブロワーズさまが好きだわ!!」
「…………そう、ですか」
エルネストは一瞬だけ目を見開いた。でも、直ぐに微笑する。
「クラリーチェ姉さまは恋多き公女、ですもんね」
「違うわ!エル!今までの恋は恋ではなかったのよ!私、今夜初めて恋をしたんだわ!!」
テンションの高い姉公女に対して優雅に微笑むだけの弟公子。
「そうですか。では初恋ですね、クラリーチェ姉さま」
「そんなっ!初恋なんて!!はっきり言わないでよぉ」
弟の発言にたいして満更でもない様子の姉。盛大に照れて身を捩っている。
「お祝いしましょう」
いつのまに手にしたのかシャンパングラスが二つ。中身はジュースだが。
「エルったら!気の利く弟ね!」
満面の笑みでグラスを受け取りクラリーチェは高く掲げた。
「私の初恋にか――――」
乾杯!と言いかけたところで邪魔される。
海に面した方から死にそうなくらいの笑い声によって。
そこ下品な笑い声は男のようで、引っ切りなしに続き鳴り止みそうに無い。
顔を見合わせた姉弟は声の主を探して静かに移動すると、海を見下ろす柵に凭れる二人の男の姿を見付ける。
「あれ、ルトガーさま?」
「そうですね。もう一人は男爵令息のマリアーノさまですね」
ちなみに、クラリーチェは男装令嬢マリアーノに恋をしたことは無い。そもそも会った事がない相手に彼女は恋をしないのだ。それどころかクラリーチェの口振りは好意的ではないようで。
「ふうん……あの方が噂のマリアーノさまなのね。どうでもいいけど、アンジェリカお義姉さまは何処へ行ったのかしら」
「……。え、と、例の件の結果……皇太子殿下はその、振られたんだと思うんですけど……それで、アンジェリカさまは広間に戻ったかと」
「そうよね。ルトガーさまが失恋するのは決定事項だし。それで、何故二人は一緒に居るの?」
「さあ……お二人の仲が良いとは知りませんでした」
姉弟の二人は茂みに身を隠してこそこそと盗み見している。
闇夜の中、男二人の顔色は窺い知る事は出来なかったし、遠くて何を話しているのかも分からなかったが、仲の良さそうな雰囲気だけは伝わって来た。
「……そう、可哀想にルトガーさま」
「?」
「アンジェリカお義姉さまに失恋したばかりに男性に走ってしまったのね」
「………………………」
クラリーチェはマリアーノが男装をした令嬢であることを知らない様だ。
教えるかどうか逡巡した後、エルネストは教えない事にした。
にっこりと笑って少しだけグラスを掲げる。
「乾杯しましょう。クラリーチェ姉さまと皇太子殿下の新しい恋に」
クラリーチェも鷹揚に頷き、今夜一番の優雅な微笑みを浮かべる。
「――乾杯っ!!」
読んでくださりありがとうございます♪
クラリーチェとエルネストは12歳です。
何処かで14歳と表記しているかもしれませんが、そうなってた場合、直ぐ変更します2016.3.23
アルフォンソをアンブロワーズに訂正しました。
アルフォンソは海の国の宰相の息子。
アンブロワーズは山の上の国の騎士団長です。
すみません。2016.4.8




