弟から見た姉の片想い遍歴 その3
エルネスト視点です。
恋多き公女クラリーチェ。
そんな呼び名には、可愛い少女に対する微笑ましさと、若干の侮蔑が混ざっている。
末公子エルネストは姉に対する嘲りに、例えそれが若干であっても、憤る。
相手も子供ならまだ許せるが、相手が大人(若しくは考えが大人な年上の、でも子供)であれば尚の事。
侮蔑も嘲りも嫌悪も……負の感情は全て隠すべきだと思う。
大人ならば、それくらいの事は隠して演じなけらばならないと思う。
子供相手に優しい大人の仮面を被れないのならば、大人ではない。
いや、城勤めの人間ならば仮面の一つ二つ被れなければ務まらない筈だ。
尤も、クラリーチェ本人は『恋多き公女』という名を嫌ってはいないようだが。寧ろ、喜んでいる。
瞳をキラキラさせて「そうなのよ!私、恋多き女なのっ!!」なんて宣う。
頭、痛い。
えーと……それで?
今度は何方が恋のお相手なんですか?
クラリーチェお姉さま。
「ねえ、エル。アンブロワーズさまって素敵ね!」
「……アンブロワーズさま?あ、ああ……山の上の国の騎士団団長さんですね」
「そうよ!エル!見て!あの菫色した銀髪、暮れてゆく海の色みたいだわ」
「ねっ姉さま!指差しちゃいけません!」
クラリーチェはこそこそと内緒話をしながら、お目当ての人物を指差すのでエルネストは慌てて窘めた。煩いわね、と口を窄め直ぐに素敵!と機嫌を直す姉に弟は内心肩を落とした。
今夜は隣の大帝国たるローヒメテイの皇太子ルトガーの為の送別会という名のパーティが開かれている。本来であれば子供の公女クラリーチェと公子エルネストは夜会に参加出来ないのだが、一応主役の一人でもあるので参加が認められていた。
何の主役なのかといえば、クラリーチェとエルネストは海の国の代表として、明日ルトガー皇太子と共に山の上の国へ向かうのだ。
つまり、二人も送別される側なのだ。
今夜の夜会もそうだが、外国に行くのは初めての経験である。 クラリーチェもエルネストも興奮を隠しきれないでいた。お酒は勿論飲んでいないがまだまだ眠れそうにない。
騎士団団長とは、一週間程前に謁見時に会話を交わしていた筈だが……クラリーチェは今日までの間何も言って来なかった。普段のクラリーチェであれば先程の様に素敵なら素敵、好きになったなら好きになったと、直ぐに報告してくるのに。全くもって興味のないエルネストに無理矢理聞かせてくるのに。
どうしたことかと、ふと姉を見れば。
彼女の視線の先に居たのは騎士団団長ではなく……皇太子ルトガーで。
彼は女性を伴ってバルコニーの方へ向かっている所だった。
ああ、と思いながら再び姉に目を向けると、案の定クラリーチェは唇をへの字に結び眉間に皺を寄せていた。若干頬は赤くその瞳には嫉妬の炎でも浮かんでいるようだ。
「……今回は、ほ、んきでしたか?」
ぽつりと呟いたエルネストの声変わりを終えていない声は届かなかったようだ。弟の視線を感じて振り向いた姉が、怪訝気に眉間の皺を深めた。
「エル?」
「あ……いえ、その。クラリーチェ姉さ、ま。皇太子殿下のこと……」
「ルトガーさま?ああ……そうね、好きだったんだけど」
それは、知っていた。
そして、いつものように、ちょっと憧れているような、恋に恋しているような、感情なのだと思っていたが。
本気、だったのだろうか。
「失恋しちゃった。でも、ルトガーさまも失恋しちゃうわ」
「え?」
クラリーチェは少し意地悪そうな顔をした。わざとらしく、ふふと笑う。
「ベルお兄さまの婚約者のアンジェリカお義姉さまに恋しているのよ」
クラリーチェもエルネストも、第二公子ベルナルドとアンジェリカの婚約破棄騒動を知ってはいるが、彼女が義理の姉になるのは変わらず決定事項のままであった。幼い頃から義姉になると聞かされて育ったので、そう簡単には変えられないのだ。どんな騒動があろうとアンジェリカは兄の嫁!である。
「そうですか……クラリーチェ姉さまと皇太子殿下は失恋仲間、なのですね」
「っ、そ、そうね。でも、失恋仲間は過去の話よ。そう、私は」
一瞬息を飲んだクラリーチェは自らを奮いたたせるかのように、語気を強めてゆく。
「――私はっ新しい恋をしているんですから!!」
エルネストはそんな姉を微笑ましそうに見ていた。
クラリーチェの明るさに救われたかのように。
若干、残念な物でも見るような目をしてしまった事は誰にも内緒だ。




