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父が登城して日を置かず、”リディア”に第二王子から召喚状が届いた。
名目的には、今回の件を受け、ターナー男爵家の内情を聞きたいとのこと。
第二王子に捜査の権限があるわけではなく、ターナー男爵とも関わりは一切ない。詳細を知りたいのならば、騎士団に問い合わせれば済む話だ。接点のない”リディア”個人を呼び出す理由もない。
だが、待っていたものではあった。一方的な、断られるとは微塵も疑わない傲慢さが透けて見えるものであっても。
父母は共に来たがったが、警戒されては意味がない。そう説得し、召喚状通り、リディアは1人で赴いた。
「第二王子殿下にご挨拶いたします」
「リディア=ターナーだね。座って」
通されたのは、王城のガゼボだった。側には、侍従と侍女が1人ずつ。着席すると、侍女からお茶を供された。
にこやかに出迎えられたが、その笑顔がリディアには不気味に映る。過去の暴挙がなくとも、裏がありそうだと思うのは穿ち過ぎだろうか。
色々な意味で身構えてしまうのは、首謀者かもしれないという先入観もあるが、いくら時が経とうが、暴行紛いをこの身に受けた、痛みと恐怖が完全に消えたわけではないからだ。あの、力任せに髪を引っ張られた出来事は今でも思い出せる。
折角侍女が綺麗に整えてくれた髪は乱れて、大切な髪飾りが目の前の男の手にあった、あの理不尽を忘れはしない。
だからといって、それを表情に出すような不敬は犯せない。形だけでも、謝罪は受けているのだから。
「お前たちは下がっていいよ」
「かしこまりました」
手を振って第二王子が2人を下がらせると、周囲に人の気配はなくなった。侍女も護衛もたぶん、見えないところで待機しているだろうけれど。
開けた場所とはいえ、未婚の男女を完全に2人きりなどしないだろう。
「さて、本題に入ろうか。迂遠なやり取りは無駄だからね。そのドレスといい、公爵家にいるってことは、君が『リディア』だと周囲は信じたってことだろうし。ねえ、リディア=オースティ?」
まるで獲物をいたぶるような目で、楽し気に第二王子は言う。
やはりこの男が仕掛けたことなのか?
”リディア”の姿の私を、『リディア』だと確信を持っている様子から、確定してもいいだろうか。自白してくれてある意味助かるが、目的は何だ?
いや、まだ頭から信じることはできない。元より、信頼できる人物でもない。身分と人格は別物だ。
信頼、信用を、身分の高さ、低さで量るなど、愚かしい考えは持っていない。
王族だから信用できるか? 平民だから信用するに足りないか?
──そんなわけはない。
「貴族は大体平民と入れ替わるって話だったんだけど、まさか秘匿されている庶子とだなんて思いもしなかったよ。道理でなかなか見つからないわけだ。それに、あの男爵家で虐待されてたっていうじゃないか。公爵家に先を越されなければ、この僕が救い出す予定だったのになあ…。
助けた恩人だったら、無下にできないだろう? 以前のようにこの僕の求婚を断るなんて、無礼を働くことはできないと踏んでたのに、失敗したよ」
無能な部下のせいで、と第二王子は舌打ちした。王族なのに品がない。
取り繕うことすらしないのは、リディアを侮っているからだろう。
自分の方が優位な立場にいるのだと。
「まあいいか。ねえ、…元に戻りたい?」
にやにやと嫌な笑い方をしながら、当然のことを聞いてくる。溜息をひとつつくと、それには答えず、まず聞きたかったことを口に出した。
「何故、このようなことをされたのです?」
「さっきの僕の言葉で分からない?」
「私を婚約者に据え、王子妃にしたところで、第二王子殿下に何のメリットがあるのですか?」
「そんなの決まってる。君は、光属性の魔法を使えるだろう?」
「珍しくはありますが、私だけが使えるというわけではありません」
加えて、リディアはそれほど魔力量が多くないから、汎用性は高くない。
何故そこまで光属性に拘るのか。
「民衆の支持を得るなら、妻は使える人間の方がいいに決まってるじゃないか」
兄上の婚約者も光属性で民の点数稼いでるし、と続いて言葉を失くす。
確かに光属性は、治癒や結界など、民には分かりやすい形で現れる。現状、王太子殿下の支持が高いのも事実だが、それにしても。短絡的、いや視野狭窄としか言いようがない。
リディアは、王太子殿下も婚約者の侯爵令嬢にも面識がある。政治的側面は否定しないが、あくまでも行動原理は民のためであって、第二王子のいう、打算だけではないことを知っている。
このお2人が将来国を治めるのなら安泰だと、少し話をしただけでも思ったものだ。
仮に、有力な候補が現れたとしても、王太子殿下の地位は揺らがないと確信できるほど。
王太子殿下の婚約者の属性が違ったとしても、きっとそれは変わらないだろう。魔法属性の問題ではない。
国を背負うという重責を、目の前の王子は思い違いをしているとしか思えなかった。
「…つまり、第二王子殿下は、王太子殿下に成り代わりたいと…?」
「だっておかしいじゃないか。長子に生まれたってだけで、王になれるなんてさ」
肩を竦める第二王子は本気でそう思っているようで、唖然とした。
それなら何故、第二王子の継承権が他の公爵家の令息より低いのか、考えたことはないのだろうか。王族で第二子なのだから、本来なら継承権は2位のはずなのに。
民衆の支持が王太子殿下を上回ったとしても、それだけで継承順位が上がるわけではないことすら理解していない。
第二王子が第二王子である限り、何も変わらないというのに。
「…元に戻りたいなら、第二王子殿下の婚約者になれということですね」
「さすが話が早い」
満足そうに頷く第二王子。
リディアが了承するしかないと、疑っていないその態度。虫唾が走る。
本質的に出逢った頃とまったく変わっていない。自分の思い通りになるのが当たり前という思考。
王族であるというのに、他者を、民を思う心は微塵もなく、自分のために周囲が動くのが当然だと思っている。
この方は、…第二王子は、リディアより2つ下の12歳。
このような歪み、偏った思考を誰も矯正できなかったのだろうか。気付かなかったのだろうか。
貴族の、王族の責務は、何ひとつ、身に付かないまま。
あまりにも、幼すぎる。
「──お断りいたします」
「…なっ!」
信じられないと第二王子は目を見開く。
「…それがどういう意味か、分かって言っているのか?」
「もちろんです」
「元に戻れなくてもいいとでもいうのか!」
「……」
いい訳がない。元に戻りたいに決まっている。だが、この王子と添い遂げなければならないというのなら。
こんな卑怯で、幼稚な人間の傍に一生縛られなければならないのならば。
たとえリディアにライドの存在がなかったとしても、絶対にお断りだ。
「第二王子殿下がどう思われようとも、私の答えは変わりません」
「…! そうか、そうか。そこまで僕を拒むのか」
ゆらりと、怒りを宿した目で第二王子が立ち上がる。
こんなこともあろうかと、いつでも逃げられるよう、ヒールの低い靴を選んで正解だった。王城に足を運ぶのに、相応しくないのは承知で選んだもの。
もし危害を加えられそうになったら、形振り構わず逃げよう。
リディアの思考など知る由もないだろうが、予想に反して第二王子はこちらに近づく気配はない。
「…これが何だか分かるか?」
どこからか取り出した、球体のものを第二王子は見せつける。
指先より一回り大きい、水晶のような球体。
この段階で出したのならば、おそらく切り札になるもの。
「まさか…」
気付いたリディアに、第二王子は笑う。
嘲笑うように。
「お前が、要らないと言ったんだ…!」
「…っ!!」
止める間もなく、投げつけられた透明な球体は、柱に当たって粉々に砕けた。
「このアイテムがないと、お前たちはそのままだ! ざまあみろ!!」
醜く歪む顔で笑う第二王子に、リディアは侮蔑の眼差しを向けた。




