↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【蛇足追加】他の誰かにはなれない  作者: 篠月珪霞


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/14

10

帰宅して、父と母に概略を説明してから自室に戻った。

表情に出してはいないつもりだったが、やはり内心は悟られてしまったようで、労りの言葉をかけて下がらせてくれた両親に感謝する。姉は伝え聞いたのだろう、心配して見に来てくれたが、今はひとりになりたかった。



──帰り際、第二王子の侍従から、もう不要だからとの伝言と、いつぞやの髪飾りを返された。

このタイミングで、返却された意味。リディアの持ち物を、何に使ったのか。

今更、過去の出来事を悔いて、もしくは思い出して、返そうと思ったなどとは思えない。そんな殊勝な人間でないことは、短い話の中でも十分窺えた。

もしかしたら、特定の人間を入れ替えるのには、本人の持ち物が必要だったのかもしれないとリディアは考える。


仕掛けたのは、ほぼ間違いなく第二王子だ。裏に誰かがいたとしても、実行犯には違いない。

そして、手段の1つを絶たれたのだと思う。おそらくは、最も手っ取り早く確実な方法を。あれが本当に、リディアたちを入れ替えた原因のアイテムであるならば、の話だが。

確認のしようがなかったそれを、髪飾りの返却で暗に示唆したのではないか。

第二王子が、あのアイテムとリディアの髪飾りを使って入れ替えたのだと。お前たちに、元に戻る手段などもうないのだと。


…いつから計画していたのだろう。

この髪飾りをとられたのは、5歳の頃だ。

元々、両親は王家との縁談に消極的だった。顔合わせだけならという返答を伝えたと聞いている。

だから、なのだろうか。

始めから、そうするつもりで?


「……」


ドレスのまま寝台に横になりながら、手のひらをかざす。傷やあかぎれでぼろぼろになっていた手を。公爵家に戻ってから、キャシーが泣きながらケアしてくれていても、まだまだ元の自分には程遠い。

腕は細いし、体つきも年相応とは言えない。筋量も不足している。

それでも、身体的な欠損も大きな傷跡などもない。長年酷使されてきたにも関わらず、健康状態に問題はない。栄養失調気味ではあるが、それは今後改善されるだろう。


元に戻れなかったとしても、父も母も姉も、『リディア』を見捨てるようなことはないと信じている。信じられるだけの愛情は注がれてきた。生まれてから、ずっと。

この身体に血の繋がりはなくとも、今のリディアを自分の娘だと、妹だと言ってくれる。

私が、『リディア』であるのは間違いがないのだから。

問題があるとすれば──。


「…リリー、帰ってきてるんだろう?」


ノックと共に、聞こえた声にびくりと反応する。今まさに、思い描いていたひとの声。

ライド=アルダーノフ。

『リディア』の婚約者。今の私の、ではない。


「入っても、いいかい?」


はい、とも、いいえ、とも言えなかった。

会いたくない。

会いたいのに、会いたくなかった。

出逢ったときから、優しかった婚約者。

ライドとは政略も絡んだ婚約だ。家門同士の利益も考慮された、政略だ。

けれど、それだけじゃない。

初めて会ってから交流を深めていき、そして未来を見据えているひとだ。

共に、侯爵家を発展させていこうと、約束しているひと。

……いつの間にか、リディアの心に、居場所を作ったひと。


「リリー。…リディア…」


自分が”リディア”の身体に入ったとき、戸惑いはあったが、悲観はしてなかった。

元に戻れなかったらと、考えたこともあった。

けれど、どこかで。

頭のどこかでは、戻れないはずはないと思っていた。

原因は分からないが、いつかは戻れるだろうと。何の根拠もなく。

自分だけは、大丈夫だと、思っていた。

”絶対”など、この世にはないのに。


「お願いだから…ひとりで、泣かないで」


ドアの向こう、くぐもった懇願が、リディアの耳に届く。


声に出しても、嗚咽を漏らしてもいないのに、何故分かってしまうのだろう。

元に戻れないかもしれない。傍にいられなくなるかもしれない。彼の隣を奪われてしまうかもしれない。

そう思うだけで、その可能性に思い至って、知らず溢れた涙を。


もしこのまま戻れず、”リディア”として生きていくのだとしたら。

男爵令嬢として生きていくのは、難しいことではない。

だが、『リディア』は?


下位貴族が高位貴族として振舞えるようになるには、余程の研鑽を積まないと難しい。殊に、ある程度の年齢に達していれば、本人の資質がより左右されると言っていい。

まして、”リディア”は下位貴族どころか、街の平民よりもひどい暮らしをしていた。

”リディア”がどれだけ努力しようと、『リディア』に追いつくのは、難しいというより無謀に近いのだ。

つまり、侯爵家に嫁ぐには足りないと、判断せざるを得なくなる。家として、貴族として、それが現実。


元に戻れなくても、私は私だ。

この先、何があってもそれは変わらない。

なのに、器は違う。中身がどうあれ、”リディア”は男爵家の庶子でしかない。


それだけで、この優しいひとと、心から慕っているひとを、失うかもしれないのだ。


ライド=アルダーノフ侯爵令息は、公爵家次女としての、『リディア』の婚約者だから。そう、社交界に既に周知されているから。


だからといって。


「……」


涙を拭い、立ち上がる。

泣くのも、嘆くのもまだ早い。私はまだ何もできていない。私ができることは、まだあるはずだ。

諦めるつもりなんか、ない。

諦めてたまるものか。


ライドに手を引かれなければ行先を見失ってしまうほど、弱く育てられてはいない。私は、彼の後ろからついていきたいんじゃない。隣に立ちたいのだ。


──私は、『リディア()』を取り戻す。










泣いて助けを待つだけのヒロインって、基本的に好きじゃないんですよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。