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帰宅して、父と母に概略を説明してから自室に戻った。
表情に出してはいないつもりだったが、やはり内心は悟られてしまったようで、労りの言葉をかけて下がらせてくれた両親に感謝する。姉は伝え聞いたのだろう、心配して見に来てくれたが、今はひとりになりたかった。
──帰り際、第二王子の侍従から、もう不要だからとの伝言と、いつぞやの髪飾りを返された。
このタイミングで、返却された意味。リディアの持ち物を、何に使ったのか。
今更、過去の出来事を悔いて、もしくは思い出して、返そうと思ったなどとは思えない。そんな殊勝な人間でないことは、短い話の中でも十分窺えた。
もしかしたら、特定の人間を入れ替えるのには、本人の持ち物が必要だったのかもしれないとリディアは考える。
仕掛けたのは、ほぼ間違いなく第二王子だ。裏に誰かがいたとしても、実行犯には違いない。
そして、手段の1つを絶たれたのだと思う。おそらくは、最も手っ取り早く確実な方法を。あれが本当に、リディアたちを入れ替えた原因のアイテムであるならば、の話だが。
確認のしようがなかったそれを、髪飾りの返却で暗に示唆したのではないか。
第二王子が、あのアイテムとリディアの髪飾りを使って入れ替えたのだと。お前たちに、元に戻る手段などもうないのだと。
…いつから計画していたのだろう。
この髪飾りをとられたのは、5歳の頃だ。
元々、両親は王家との縁談に消極的だった。顔合わせだけならという返答を伝えたと聞いている。
だから、なのだろうか。
始めから、そうするつもりで?
「……」
ドレスのまま寝台に横になりながら、手のひらをかざす。傷やあかぎれでぼろぼろになっていた手を。公爵家に戻ってから、キャシーが泣きながらケアしてくれていても、まだまだ元の自分には程遠い。
腕は細いし、体つきも年相応とは言えない。筋量も不足している。
それでも、身体的な欠損も大きな傷跡などもない。長年酷使されてきたにも関わらず、健康状態に問題はない。栄養失調気味ではあるが、それは今後改善されるだろう。
元に戻れなかったとしても、父も母も姉も、『リディア』を見捨てるようなことはないと信じている。信じられるだけの愛情は注がれてきた。生まれてから、ずっと。
この身体に血の繋がりはなくとも、今のリディアを自分の娘だと、妹だと言ってくれる。
私が、『リディア』であるのは間違いがないのだから。
問題があるとすれば──。
「…リリー、帰ってきてるんだろう?」
ノックと共に、聞こえた声にびくりと反応する。今まさに、思い描いていたひとの声。
ライド=アルダーノフ。
『リディア』の婚約者。今の私の、ではない。
「入っても、いいかい?」
はい、とも、いいえ、とも言えなかった。
会いたくない。
会いたいのに、会いたくなかった。
出逢ったときから、優しかった婚約者。
ライドとは政略も絡んだ婚約だ。家門同士の利益も考慮された、政略だ。
けれど、それだけじゃない。
初めて会ってから交流を深めていき、そして未来を見据えているひとだ。
共に、侯爵家を発展させていこうと、約束しているひと。
……いつの間にか、リディアの心に、居場所を作ったひと。
「リリー。…リディア…」
自分が”リディア”の身体に入ったとき、戸惑いはあったが、悲観はしてなかった。
元に戻れなかったらと、考えたこともあった。
けれど、どこかで。
頭のどこかでは、戻れないはずはないと思っていた。
原因は分からないが、いつかは戻れるだろうと。何の根拠もなく。
自分だけは、大丈夫だと、思っていた。
”絶対”など、この世にはないのに。
「お願いだから…ひとりで、泣かないで」
ドアの向こう、くぐもった懇願が、リディアの耳に届く。
声に出しても、嗚咽を漏らしてもいないのに、何故分かってしまうのだろう。
元に戻れないかもしれない。傍にいられなくなるかもしれない。彼の隣を奪われてしまうかもしれない。
そう思うだけで、その可能性に思い至って、知らず溢れた涙を。
もしこのまま戻れず、”リディア”として生きていくのだとしたら。
男爵令嬢として生きていくのは、難しいことではない。
だが、『リディア』は?
下位貴族が高位貴族として振舞えるようになるには、余程の研鑽を積まないと難しい。殊に、ある程度の年齢に達していれば、本人の資質がより左右されると言っていい。
まして、”リディア”は下位貴族どころか、街の平民よりもひどい暮らしをしていた。
”リディア”がどれだけ努力しようと、『リディア』に追いつくのは、難しいというより無謀に近いのだ。
つまり、侯爵家に嫁ぐには足りないと、判断せざるを得なくなる。家として、貴族として、それが現実。
元に戻れなくても、私は私だ。
この先、何があってもそれは変わらない。
なのに、器は違う。中身がどうあれ、”リディア”は男爵家の庶子でしかない。
それだけで、この優しいひとと、心から慕っているひとを、失うかもしれないのだ。
ライド=アルダーノフ侯爵令息は、公爵家次女としての、『リディア』の婚約者だから。そう、社交界に既に周知されているから。
だからといって。
「……」
涙を拭い、立ち上がる。
泣くのも、嘆くのもまだ早い。私はまだ何もできていない。私ができることは、まだあるはずだ。
諦めるつもりなんか、ない。
諦めてたまるものか。
ライドに手を引かれなければ行先を見失ってしまうほど、弱く育てられてはいない。私は、彼の後ろからついていきたいんじゃない。隣に立ちたいのだ。
──私は、『リディア』を取り戻す。
泣いて助けを待つだけのヒロインって、基本的に好きじゃないんですよ。




