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それからは、家族総出で書物や歴史を紐解く日々が続いた。
民話や伝承も含め、ありとあらゆる文献を取り寄せ、赴き、調べた。しかし、一向に取っ掛かりすら見つからず。
よくよく考えれば、精神のみを入れ替える方法など、もし広く伝えられたり、文書として残した場合、悪用される未来しか浮かばないわけで。平民より権限はあるが、それでも一貴族で調べられる程度で簡単に出てくる方がおかしいのだと否応なしに気付かされる。
哀しいかな、善性のみで世の中はできていないし、回っていないのだ。
頭を悩ませていたところに、大聖女様との面会の許可が下りたと、父が知らせてきた。第二王子の召喚状があった時点で、申請していたらしい。
父はたぶん、予測していたのだろう。第二王子の気質と、彼が何を要求してくるのかを。
結果、どうなるのかも。
聖女の中でも、知識と魔力量において並ぶ者のない、大聖女様。
大聖女様は国防を担い、聖女を束ねている、多忙な方。故に、個人の依頼は受け付けないのが原則。国民の願いをひとつひとつ聞いていては、時間がどれだけあっても足りないからだ。
今回は、詳細を送り、判断を仰いだところ、面会に応じていただけたとのことだった。
神殿は不可侵領域であり、独立機関でもある。悪意あるものは神殿周辺に近づくことはできず、どんな攻撃も寄せ付けないという。
魔力検査などは神殿所属の教会が行うので、リディアは初めて訪れる。というより、大半の国民は神殿に足を踏み入れる事態になることはなく、生涯を終える。例外は王族くらい。
リディアもそうありたかったと思う。
大聖女様の貴重なお時間を個人的なことで費やすことに、感謝の気持ちより申し訳なさの方が勝るが、藁をも掴むというのはこういう心境なのかもしれない。
建国当初からあるという神殿は、白を基調とした、美しくも荘厳な佇まいで圧倒された。知らず、喉が鳴る。
解決の糸口は、見つかるだろうか。
神官に案内され、通された部屋は、静謐で心地よい神聖力で満たされていた。
「お待たせしましたね」
やがて現れた大聖女様に、同道していた父とリディアは最上の礼をとる。
神殿はどの派閥にも属さない組織だが、身分的なものでいえば、王族と同等以上とされているため、礼を失する言動は許されない。
それ以前に、助けを乞う相手に礼儀を欠くというのが、あり得ないけれど。
「どうぞ楽になさってください」
大聖女様のお言葉で、顔を上げる。
御年60歳という話だったが、とてもそうは見えないほど若々しい、それに目を瞠るほどの美貌。
白金の髪はとろりとした輝きを見せ、深い深い蒼の瞳は、すべてを見透かすように澄んでいる。
女神という存在がもしこの世に降り立ったら、このようなお姿ではないだろうかとリディアは思った。
「お手紙でおおよそは把握しています。…結論から申し上げましょう。現状、わたくしにできることはない、と」
そして美しい声が、残酷な現実を告げる。
「”魂替え”という邪法で、既に失われた、というより禁忌なのです。現在、行使できる人間は存在しないはず。…唯一、王家に保管されていた国宝にその力が封じ込まれているのですが、使用自体を禁止されていたかと」
では、第二王子の言葉に嘘はなかったというのだろうか。
リディアは眩暈を起こしそうになる。
大聖女様の言うように、多用していいものではないことは考えずとも分かる。多用できないものであることも。だからこそ、禁術なのだろう。
後世に継がれていないことも。
「他に方法はないのでしょうか?」
父が縋るような眼差しで問う。リディアの心境を知っているからこそだ。
「──わたくしの知る限りでは」
その一言は、リディアたちの肩を落とすには十分なものだった。
帰り道、馬車内は沈黙に支配されていた。父が気遣わし気にこちらを見るが、お互いに何を言えばいいのか、言葉が見つからない。
慰めは違う。大丈夫など、何の確約もない無責任な言葉も違う。
だが今考えなければならないのは、この場を取り繕う言葉ではなく、これからどうするべきかということだ。
大聖女様は、調べて調べて何も見つからないときに、差し込んだ光明のようなものだったのは否定しない。
期待していなかったと言えば、嘘になる。
けれど、もしも、駄目だったら?
もしも、大聖女様のお力でもってしても不可能だったら?
考えてはいたのだ、その可能性を。
事態の最悪とは、常に念頭に置いておくべきもの。
でなければ、その最悪によって望みを絶たれた場合、思考停止に陥りかねないから。
「…お父様。私、隣国へ留学したいと思います」
「リディ?」
唐突なリディアの言葉に、父が疑問の声を上げる。
「大聖女様は、ご自分が知る限り手立てはないとおっしゃいました。もちろん、そのお言葉を疑うわけではありません。でも、諦めたくはないのです」
元に戻ることも、ライドのことも。
彼との未来も。
「だから、他国で探してみようと思います。その間、『リディア』をお願いできますか?」
「…もちろんだとも。その間の教育は、カティナに任せよう」
デビュタントを済ませている『リディア』が、今更淑女教育の初歩で教師を雇ったりなどすると、痛くもない腹を探られかねない。教師が信頼のおける人物だとしても、どこで誰に見られているか分からないのだ。だからこそ、これまではリディアが教師役を買って出ていた。
別段、戻れないことを見越してではなく、教育と知識は、あって困るものでは決してないから。一応、本人の意思も確認して、”リディア”の今後のために。
「私たちも諦めたりはしないが、もし元の身体に戻れなかったとしても、お前は私の娘だ。万が一のときは、養子縁組という手もある。心配せずともよい」
「…ありがとうございます、お父様」
力強い父の言葉に感謝しながら、思考を切り替える。
ライドに、どう話せばいいだろう。
隣国に行けば、簡単に会える距離ではなくなる。学園入学まで1年もなく、一緒に通えることを楽しみにしていたのに。
もしかしたら、もう戻れないかもしれないことも。
リディアたちのために、今も手段を講じてくれているだろう、彼に。
いや、と首を振る。
誤魔化さず、ありのままを話そう。
ライドなら理解してくれるだろうけれど、それを強制してはいけない。
分かってくれるだろうなんて、相手の好意に甘えた単なる傲慢でしかない。
絶望などしない。
諦めない。
最後の最後まで足掻くのだ。
──決意を新たにしたその夜、不思議な夢を見た。
『………』
目の前には、見たこともないほど、美しい人。
いえ、誰かに、似てる?
誰に?
逢ったことがある?
どこかで?
どこで?
緩やかな青銀の長い髪、白金の瞳の、人とは思えないほどに、美しい…。
『………?』
何?
何を言っているのですか?
何かを聞かれた気がするのに、言葉として聞こえない。リディアの声も音にならない。
『………』
その人が近づいてくる。
指先まで美しいその人が、私の額に触れる。
覚えていられたのは、ここまでだった。
敢えて、「最悪の事態」ではなく、”事態の最悪”としています。




