裏
「終わったわよ、ディー」
「お疲れ様、ディーゼ」
深夜、大聖女の寝室に現れたのは、青銀の髪、白金の瞳の1人の女性。大聖女の色彩を逆にした、人外の美貌を持つもの。
神殿には結界が張ってあり、魔法も人も自由に行き来することは適わないが、ディーゼは例外だった。
「わざわざ私が来なくても、あなたが何とかしてやればよかったんじゃない?」
「禁術が使える聖女なんて、知られたら面倒よ。どこから漏れるか分からないし。ただでさえ、利用しようとする人間が後を絶たないっていうのに」
「否定はできないわねえ」
「それに、意識下に入ると偽りの姿はとれないわ。あの子にバレたら元も子もないでしょう」
「そういえば、そうでした」
忘れていたわけでもないでしょうに、とディーゼに呆れた目を向ける。
今は禁術とされているが、そもそも行使できる人間など、過去に存在していない。
名残が、知識として残っていただけの話。
だがそれももう、消し去るべきだと、今回の件を受け思う。
振るう力があろうがなかろうが、関係ない。知識として残すこと、伝聞でも残すこと。そんなものがあること自体、もう人の中に残すべきではないのだと。
愚かな人間が、愚かな考えを持つことがないように。
「あの子たちはどうするの?」
「制約魔法をかけてるわ。関係者すべてに」
「対面しなくても行使できるのは、さすがねえ」
「あなたが言うと、ただの嫌味ね、ディーゼ」
ひそやかに笑いあう。
「そもそも、あのアイテムだって、あなたが作ったものじゃない」
「だから、面倒だけど後始末に来たのよ、ディー」
「今になって、悪用するものが、それも王家から出るとは思わなかったけれど」
「そんなアイテムがあったことすら、忘れてたしね」
そう言って、ディーゼは肩を竦める。
もう何百年前になるのか、この国の後嗣とディーゼは偶然知り合い、友人として付き合うようになった。依頼を受けたのは、国を思う心に偽りがなかったからだ。
”視察だけでは民の生活は分からない。かといって、自由に動き回れる時間も隙もない。
王族が勝手な行動をとれば、皺寄せは周囲のものたちにいく。自分が咎めを受けるだけならよいが、それだけで済まないのは分かっている。
調査を命じても、判で押したような報告書が返ってくるだけでな…。
実態を知るために、誰かと入れ替わる方法はないか”と。
それができれば一番手っ取り早いのだが…という彼の言葉に、ディーゼは魂替えの魔力を込めたアイテムを作った。国の行く末を憂いてというのもあって。
私たちがいくら万能であろうと、すべての事象に常時目を配るなどできるわけがない。未来視ができても、分岐点はいくつもあって、人の選択で変わっていくもの。
未来が視えても”絶対”ではない。
だからこそ、手を貸したのだ。
期間を決め、そうして民の暮らしを実際に体験して、その後嗣は思ったそうだ。
このままでは国が亡ぶと。
生きながら死んでいるような国民を目の当たりにして。
貧富の差も、労働者の、劣悪というより過酷な環境も。
それが当たり前にまかり通っていることも。
腐った果実は切り落とさなければ、根本から変えていかなければならないことを。
「まあそれで、今の国法ができたのだったかしら」
「反発をものともせず、地道に味方を増やして成立させたようよ。彼が即位してから、いくつかの貴族家が粛清されたっけ」
「よく寿命まで生きてたわね」
「そりゃ、暗殺防止のアイテム持たせてたし」
「ああ、あなたが彼と出逢った切っ掛けの」
何せ初めて出逢ったのは暗殺現場だったのだ。血腥いことこの上ない。
彼はその優秀さ故に、邪魔に思う人間が多数いたようで、常に命を狙われていた。
「そちらはともかく、魂替えの方は使い切りにしておけばよかったんじゃない?」
「あの頃はまだ未熟だったから、うっかり魔力入れすぎちゃったのよねえ…」
「あなたにしては、珍しい」
「…回収しておけばよかった。──…彼が、この世を去った後にでも」
何を思い出したのかは分からないし、さすがに共有することはないが。
少しは理解できる。
私たちは、いくつもの生を、死を、見送ってきたのだから。数えきれないほどに。
「……アレの破片は大丈夫よね?」
感傷を振り切るように話を戻すと、淋し気な表情も消える。
「壊された時点で魔力も霧散してるし、ある意味好都合だったかもね」
「ああ、そういえば、その後どうしたの?」
「相応の報いは受けさせたけれど、代わりの人間が気の毒だから」
別のものを付与した、似たものを戻しておいたと事も無げにディーゼは言う。
「私に制限はないから」
誰であろうと、関係ない。
「それはそれは」
あのクズがどうなったか、楽しみだこと。
ディーゼと、大聖女ことディーゼの笑い声は、誰に届くこともなく。




