5 男爵家サイド
「それでは、何もご存じないと? ターナー男爵」
「っそうだ! 家のことはすべて妻に任せていた! 私は何も知らない!!」
下働きが1人消えたと、執事より報告は受けていた。それが、一応は自分の娘であるリディアだとも。
しかしすぐに戻ってくると思っていた。10をいくつか過ぎたくらいの小娘が何の庇護もない外界に出て、1人で生活できるはずがない。生みの母はとうに亡くなっていて、他に身寄りもなく、伝手もないはず。
だから、放っておいたのだ。
「いくらなんでもその言い訳はどうかと思いますが。家政を取り仕切るのは夫人でも、報告くらいは受けていたでしょう?」
前触れもなく押しかけてきた騎士団に何事かと思えば、監査だという。定期監査は先日あったばかりなのに何故と思っていたら、リディアが原因だと聞き耳を疑った。
それも、侯爵領から派遣された騎士団だというから、尚更。何かの間違いでは?と。
「まあ、偽証はできませんから、そう時間はかからず判明するでしょう」
そうだ。騎士団には必ず、証言に偽りがないかを判別するための魔法の使い手がいる。定例の監査は、特段問題が挙げられなければほぼ形式上といっていい。
リディアを表に出すこともなかったし、妻からも問題ないと聞いていた。
まさか、そんな奴隷扱いしているとは思わずに。
「隊長。使用人から証言が取れました。リディア嬢との証言と一致します」
「そうか。やはりな」
騎士の1人が報告にくると、ちらりと隊長と呼ばれた男が私を見た。
その背後から、騎士2人に拘束された妻の喚く声が聞こえる。甲高い、耳障りな声が。
「離しなさいよ! わたくしが何をしたっていうの?!」
「夫人には、虐待の容疑がかかっています。それに、労働法の違反も」
「虐待?! 誰が誰を虐待したと?!」
「リディア嬢ですよ。知らないとは言わせません」
「はあ?!」
あなたの指示でしょう?と、妻を見る騎士の目は冷たい。
「使用人の娘を、使用人扱いして何が悪いのよ!」
「それ自体は問題ありません」
「じゃあ何?!」
「ろくに食事を与えず、休憩も給与もなし。契約も交わしていない。説明もしていないでしょう」
「っ…あの子は! あの卑しい子は、うちの人の、…娘よ!」
「だから無給で、長時間働かせていたと?」
「育ててやってるんだから、それくらい当然じゃない!」
興奮してヒステリックに叫ぶ妻の見苦しさは、貴族夫人としてあり得ない姿だ。目を背けたくなるが、そうしたところで何も解決しない。
「あなた! あなたも、見てないで何か言ってください!」
何を言えというのだ。事実確認が終わって、連行されることは決定しているというのに。妻だけでなく、私も。
抵抗したところで徒労に終わるだけ。だから、何もできないというのに。
何もしないのではなく、できないのだ。
それが、そんな簡単なことがこの期に及んで理解できない妻は、怒りで吊り上がった目で私を睨む。
拘束している騎士の1人は頭痛を堪えるように頭を抑え、こちらを見た。
「いいですか。夫人も男爵も、よく聞いてください」
隊長は目の前で溜息をつく。これ見よがしなそれに苛立つが、非はこちらにある。無礼などと言ったところで、正論が返ってくるだけだ。
「国法で、被用者に対する待遇というものは厳格に定められています。何故なら、人は無から生まれるわけではなく、労働者が国の基盤を支えているからです。
例えば、食事を作るための肉や野菜、果物。それらは湧いて出てくるわけではありません。作物を育て収穫する人、それを運び市場に並べる人、販売する人。それから、料理する人。
あなた方が着ている衣服も、住んでいるこの屋敷もそうです。誰が作ったと思ってるんです? 材料はどこから?
ご自分で作ったわけでもないでしょう? 掃除ひとつとってもそうだ。快適に過ごせているのは、誰のおかげだと?
我々が当たり前に享受している生活の裏で、必ず誰かが動いているんです」
そんなことは分かっている、とは言えなかった。
分かっていれば、こんなことになっていない。騎士団が踏み込んでくる事態になど。
「ですから、労働者を軽視して法を犯すものには、厳罰が与えられるんですよ」
「だから、あの子は、」
「まだ言いますか、夫人」
最早隊長は呆れを隠さない。
「そもそも、15歳以下を働かせること自体が違法なのだと、学んでいらっしゃらないんですかねえ…」
「それは…っ」
貴族でありながら国法を知らないなどとは、言えるわけがない。知っていて当然のことで、恥にしかならないからだ。
「リディア嬢がこちらに着いたとき、栄養失調に過労と医者には診断されました。他の使用人に聞きましたが、まだ14だそうで」
「……」
「仮に血縁であろうとも、子供をどう扱ってもいい理由にはならないし、ましてリディア嬢は庇護されるべき年齢」
妻はただ悔し気に顔を歪めている。
抗弁できる材料は何ひとつない。
「自覚があろうがなかろうが、あなた方のしたことは、第三者から見れば虐待に値する」
故に、法の裁きを受けてもらいますと締めくくられ。
私も妻もがっくりと肩を落とした。
ぷちざまぁ?




