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第4話「守護者庁へ逆戻り」

まずマクシムは、俺を殴った。


強くはない。


だが、鼻血を出すには十分だった。


俺は顔に触れ、指先を見た。


血。


俺の血だ。


六百年働いてきて、一度も血を流したことなどなかった。


マクシムは、知り合ってから八秒でそれを成し遂げた。


大した才能だ。


「てめえ、勝手に人んちへ上がり込んでんじゃねえよ!」


「たった今、エアコンからお前を助けたところだ」


「うちにエアコンなんかなかったぞ!」


「今はある。キッチンのど真ん中にな」


マクシムが振り返った。


壁には室外機が突き刺さり、そこから何かの液体がぽたぽた垂れていた。


その下の椅子は家具を引退し、思い出だけ詰まった木くずの山になっていた。


マクシムはもう一度、俺を見た。


次にD-09を見た。


直接接触によって、マクシムの視界に『職員用レイヤー』が解放された。


今の彼には、俺だけでなく回収官の姿も見える。


「あれは誰だ?」


「死神」


俺が答えた。


D-09は袖口を直した。


「回収官だ。死神は管理職で、現場には出ない」


「お前ら全員、頭おかしいのか?」


「お前が想像しているより、ずっとな」


俺の手首に赤い帯が光った。


『運命縫合:完了』


俺は深く息を吸った。


直接接触の規則があるのは、伊達ではない。


一度触れれば、守護官と被保護者の運命線は縫い合わされる。


巻き戻しは封じられる。


守護官は実体を持ち、痛みを感じ、老い、死ぬことさえできるようになる。


そして被保護者が死ねば、守護官も後を追う。


やり直しはない。


白い閃光もない。


二度目のチャンスもない。


そのうえ人間は守護者庁を見られるようになり、自分自身の記録を閲覧する権利まで得る。


だからこそ、あの規則は赤い大文字で書かれ、三ページも使っていた。


宇宙の均衡を守るためではない。


上層部が、利用者に契約書を読まれるのをひどく嫌っているだけだ。


「俺、死んだのか?」とマクシムが聞いた。


「いや」


「じゃあ、今までに?」


俺はD-09を見た。


彼は、わざとらしく顔をそむけた。


「二十九回」


マクシムは笑った。


それから、俺が冗談を言っていないと気づいた。


そのまま床へ座り込んだ。


「二十九回?」


「ああ」


「そのたびに、全部巻き戻したのか?」


「努力はした」


「一度くらい、まともな死に方はなかったのか?」


「まともって、どういう意味だ?」


「分からないけど……子どもを助けたとか、誰かをかばったとか、最後に格好いい言葉を残したとか」


「一度、木から猫を下ろそうとしたことはある」


マクシムの顔が明るくなった。


「ほら! それなら悪くないだろ!」


「猫に噛まれた。驚いて脚立から落ち、そのままゴミ収集車に轢かれた」


「猫は?」


「自力で下りた」


マクシムは両手で顔を覆った。


「一番バカな死に方は?」


「胸焼け薬」


「クソ……」


「検死報告書にも、そう書いてあった」


D-09の腕にタイマーが現れた。


17:42。


「何だ、それ?」とマクシムが聞いた。


「直接接触が発生すると、回収命令は自動的に『異議審査中』へ移行する」と回収官が説明した。


「異議申立てを行う猶予は十八分。その後、命令は再び効力を持つ」


「申し立てたら?」


「案件を審査する」


「間に合わなかったら?」


D-09は、キッチンに突き刺さった室外機を見た。


「世界がアドリブを続ける」


俺たちは中央寿命台帳局へ行かなければならなかった。


一般の守護官は立入禁止だ。


入れるのは管理職、監査官、そして書類上、自分が殺されようとしていると正式に知らされた人間だけ。


最後の区分はあまりにも珍しく、専用の申請書が古い様式のまま残されているほどだった。


「服を着ろ」と俺は言った。


「どこへ行くんだ?」


「お前の死に異議を申し立てる」


「俺、パンツ一丁だぞ」


「そのパンツで二十九回死んでいる。もうほとんど制服だ」


「『LUCKY BOY』パンツで、死神に文句をつけに行けるか!」


マクシムはズボンをはき、スマホとリュックをつかんだ。


一分後、俺たちはエレベーターの中に立っていた。


俺は職員番号を操作盤にかざし、一階のボタンを長押しした。


エレベーターが揺れ、下へ動き始める。


一階を通過。


地下一階。


マイナス一階。


マイナス二階。


表示板に文字が浮かんだ。


『守護者庁・職員専用階』


「これ、ずっと俺の家の下にあったのか?」とマクシムが聞いた。


「違う。職員用入口は、すべてのエレベーターにつながっている」


「うちで一週間、故障したままのやつも?」


「特にあれだ。故障中のエレベーターなら、多少おかしな動きをしても誰も疑わない」


扉が開いた。


目の前に、守護者庁の中央庁舎が広がっていた。


灰色の壁。


白い照明。


整理券の発券機。


すでに死んでいるのに、まだ手続きの順番を待たされている人々の列。


中には、死因より待ち時間のほうがつらそうな顔をしている者もいた。


四番窓口では、胸に銛が刺さった男が職員と言い争っていた。


「俺は経理だぞ! どこが労災なんだよ!」


「勤務先でお亡くなりになりましたか?」


「水族館でな!」


「勤務時間内でしたか?」


「そうだ!」


「では労災です」


マクシムの足が遅くなった。


「周りを見るな」と俺は言った。


「あの男、胸に銛が刺さってるぞ」


「ハンコのない申請書よりはマシだ。あいつはまだ運がいい」


俺たちは記録保管室へたどり着いた。


俺が端末に手のひらを当てる。


『アクセス許可

理由:被保護者が自身の死亡予定を認知済み』


マクシムの名前を入力した。


画面に記録が開く。


『本来の死亡予定年:2086年』


その下には、赤い文字。


『有効な代替回収命令あり』


マクシムが、その一行を指で示した。


「代替って、何の代わりだ?」


俺は添付文書を開いた。


『本来の対象者:ボリス・リヴォーヴィチ・カレティン

変更理由:パッケージ「寿命延長プラチナ」

新規回収予定年:2036年

代替対象者:マクシム・セルゲーエヴィチ・コヴァリョフ』


その下に署名があった。


B-6。


俺の上司だ。


『選定理由』の欄には、こう書かれていた。


『正式な異議申立てが行われる可能性は低い。担当守護官には懲戒歴があり、対象者喪失の責任を負わせることが可能』


マクシムは二度読んだ。


「つまり、どっかの金持ちのクソ野郎が金で寿命を十年買って、その身代わりに俺を殺すことにしたってわけか?」


「そうらしい」


「それで『プラチナ』?」


「広告なし。他人の死が特典でついてくる」


背後から足音が聞こえた。


入口にB-6が立っていた。


その両脇には、内部監察官が二人。


上司は開かれた記録を見た。


次に俺を見た。


最後にマクシムを見た。


「二人とも、黙って死んでいればよかったんだ」とB-6は言った。


「片方はキャリア的に。もう片方は文字どおりにな」

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