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第3話「代替回収」

アラームが鳴った。


俺は放っておいた。


目覚ましなら、十七回目の試行で検証済みだ。


あのときは、いつもより四十分早く鳴るように設定した。


マクシムは時間どおりに目を覚まし、急ぐ必要もなかったので、たまにはまともにシャワーを浴びようと考えた。


その結果、濡れた床で足を滑らせた。


とっさにシャワーカーテンをつかみ、レールごと引きはがし、そのまま後頭部を浴槽の縁に叩きつけた。


首が、体の中で誰かがせんべいを袋ごと握り潰したような音を立てた。


あれ以来、俺は二つのことを学んだ。


第一に、早起きは三文の徳どころか命取りだ。


第二に、シャワーカーテン業者は早期死亡課と裏でつながっている。


だから今日は、必要がないかぎり何も変えないことにした。


アイロンのプラグを抜き、マクシムが足を引っかけないよう、コードを取っ手にきれいに巻きつけた。


ガスの元栓を閉めた。


浴室の床を拭き、カーテンレールの固定部分も確認した。


レールを支えていたのは、木ネジ二本と『まあ大丈夫だろう』という信仰心だけだった。


外した。


包丁は引き出しへしまった。


窓は閉めた。


コンセントも点検した。


家具には触れなかった。


同じ人間の死を二十九回も見れば、ただの丸椅子にすら敬意を払うようになる。


この木製のクソ野郎が、いつ人間の運命へ参戦する気になるか、分かったものではない。


残る問題は一つ。


仕事だ。


マクシムが家を出た瞬間、街は公共交通機関完備の巨大ミンチ機へ変わる。


そこで朝七時五十分、俺はまた会社へ爆破予告の電話を入れた。


この八日間で四回目だ。


警備部門も、そろそろこれを社内の恒例行事だと思い始めているかもしれない。


マクシムのスマホが震えた。


『今日は在宅勤務。ビルにはまた入れません』


「いったい、あの会社で何が起きてるんだ……?」


知らないほうが幸せだ。


マクシムは反対側へ寝返りを打ち、さらに四十分眠った。


すばらしい。


生きたまま何もしない人間ほど、守りやすいものはない。


問題が始まったのは、マクシムが起きてからだった。


まず、ガスが出ないことに気づいた。


次に、アイロンのプラグが抜かれていることに気づいた。


それから一分ほど、プラグを見つめた。


夜のあいだに、自分が責任感のある大人へ進化したかどうか思い出そうとしている顔だった。


「変だな……」


まったくだ。


お前にしては、特にな。


水道だけは止めていない。


浴室の床は乾いている。


マットはまっすぐ敷かれ、タオルはフックに掛かっている。


マクシムは歯を磨き、顔を洗い、それでも一度も死にかけなかった。


俺は危うく感動で泣くところだった。


朝食に、マクシムはサンドイッチを作った。


俺は隣に立ち、一口ごとによく噛んでいるか見張った。


二十三回目の試行では、マクシムは胸焼け薬の錠剤を喉に詰まらせた。


箱には大きな文字で『水に溶かして服用してください』と書かれていた。


だがマクシムは、説明書ごときに自分の自由を制限させる男ではない。


九時十四分。


マクシムはタバコを手に取り、窓へ向かった。


タバコは隠さなかった。


一度、隠したことがある。


新しい一箱を買いに店へ出たマクシムは、救急車に轢かれた。


車内の患者は助かった。


救急隊は、その出動を『成功』として処理した。


マクシムが窓を開ける。


外では作業員たちがエアコンを取りつけていた。


室外機が一台、一つ上の階でワイヤーに吊られている。


俺は固定金具を見た。


問題ない。


もう一度確認した。


たぶん問題ない。


三度目で、自分が同じバカの死体を二十九回見たやつみたいに振る舞っていると気づいた。


キッチンの空気が急に冷えた。


D-09が壁をすり抜けて入ってきた。


回収官だ。


黒いスーツ。


黒い手袋。


表情まで黒い。


守護者庁での彼の仕事は、なぜか一度では素直に死んでくれない人間を、最終的に回収することだった。


マクシムには見えていない。


D-09が、折り畳んだ紙を俺に差し出した。


「強制執行通知書だ」


「おはようの挨拶もなしか」


紙を開く。


『対象者:マクシム・コヴァリョフ

執行時刻:09:17

推奨死因:利用可能なものなら何でも』


「こいつの寿命は、あと六十年ある」


「有効な執行命令が出ている」


「何の命令だ?」


「代替回収」


「誰が署名した?」


D-09は俺を見た。


「お前の権限では開示されない」


当然だ。


自分が殺される理由というのは、いつだって機密扱いか『担当窓口が違います』のどちらかだ。


時計は09:16を示していた。


「こいつは渡さない」


「お前はもう二十九回、こいつを渡さなかった。今のところ、結果は芳しくないな」


「九時十七分になったら、何が起きる?」


「知らない。私は殺さない。世界が創作パートを終えたあと、回収するだけだ」


外で金属がきしんだ。


俺は顔を上げた。


エアコンの固定金具が、ゆっくりと曲がっていく。


「クソッ」


マクシムは窓辺に立ち、タバコを吸いながら下を眺めていた。


俺は灰皿を小突いた。


灰皿が窓台から滑り落ちる。


マクシムは反射的に受け止めた。


「お、今の俺すごくね?」


だが、肝心のしゃがむ気はゼロだった。


固定金具が折れた。


室外機が落下し、配管だけで宙づりになる。


そして、とんでもない勢いで、開いた窓めがけて振り子のように振れてきた。


衝突まで、あと一秒。


椅子を倒すことはできる。


カップを割ることもできる。


電球を点滅させることもできる。


だが、どれをやってもマクシムは間に合わない。


目の前に赤い警告文が浮かんだ。


『警告:被保護者との直接接触を禁ずる』


守護者庁の最重要規則。


守護官は、自分の担当する人間に触れてはならない。


絶対に。


どんな事情があろうとも。


俺はマクシムの腰まわりをつかみ、力任せに後ろへ引き倒した。


室外機がキッチンへ飛び込み、窓台を吹き飛ばし、一分前までマクシムが座っていた椅子を押し潰した。


手のひらに、真っ赤に焼けた釘を打ち込まれたような痛みが走った。


胸元に、俺の職員番号が浮かび上がる。


X-173。


マクシムがゆっくりと振り向いた。


今や、俺の姿が見えていた。


「てめえ、誰だよ?」


「お前の守護官だ」


マクシムは、まだパンツのゴムをつかんでいる俺の手に視線を落とした。


「なんでパンツなんだよ?」


「魂なら、もう散々引っ張られてきただろ。今回はパンツのゴムのほうが近かった」

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