第2話「守護者庁」
遺体のすぐそば、アスファルトの上に『よい旅を!』と書かれた看板が転がっていた。
ここまでくると、看板に個人的な恨みがあるとしか思えない。
マクシムの体が一度びくりと跳ねた。
再起動を試みたものの、保証期間切れを悟ったらしい。そのまま静かになった。
周囲の人々が慌ただしく動き始める。
救急車を呼ぶ者。
スマホを向ける者。
マクシムを別のドアへ追いやった張本人のおばあさんは、バスの中へ戻り、胸の前で十字を切ってから運転手に言った。
「もう閉めてくださいな。風が入るから」
俺は両手で顔を覆った。
白い閃光。
次の瞬間、俺は守護者庁・早期死亡課に立っていた。
端末の画面が点滅する。
『被保護者:マクシム・コヴァリョフ
死因:広告看板の落下
保護試行:29回目
結果:また盛大にやらかしましたね』
最後の一行は、実際には表示されていなかった。
だが端末は明らかにそう言いたげだった。
守護者庁には、雲も、ハープも、翼の生えた赤ん坊もいない。
あるのは灰色のリノリウム、吐き気がするほどまずいコーヒー、そして様式第4-SD号を抱えて列に並ぶ不死者たちだけだ。
天国を考えたのは人間だ。
役所を考えたのは、もっと性格の悪い何かだ。
「X-173! こっちへ来い!」
ガラス窓の向こうから怒鳴り声が飛んだ。
上司のB-6は俺の記録簿をめくりながら、どのページで殴るのが一番効くか選んでいた。
「八日間で二十九回死亡」
「二十八回です。一件は時刻不備で受理しなかったでしょう」
「人間は死んでいたのか?」
「これ以上ないほど」
「なら二十九だ」
B-6は眼鏡を外した。
「守護官の任務は?」
「定められた寿命まで、人間を生かしておくことです」
「では、お前は何をしている?」
「この一帯で可能な死に方を、片っ端から体験させています」
B-6は笑わなかった。
管理職は昇進時に、ユーモアを没収されるらしい。
俺たち守護官にできるのは、信号を数秒だけ長く赤にする、運転手にくしゃみをさせる、鍵を落とさせて人間を五秒ほど足止めする——その程度のことだ。
だが、最重要規則によって直接接触だけは禁止されていた。
姿を見せてはいけない。
話しかけてもいけない。
ましてや、自分の手で被保護者をバスの下から引きずり出すなど論外だ。
一度でも接触すれば、互いの運命が縫い合わされる。守護官は巻き戻しの権限を失い、傷つく存在になり、次の死が二人まとめてのものになる可能性すらある。
自由意志だの、世界の均衡だの、入庁研修で聞かされたありがたいクソ話だ。
「次に失敗したら、観葉植物のフィカス担当に飛ばすぞ」とB-6が言った。
「少なくとも、フィカスは看板の下へ飛び出しません」
「フィカスを甘く見るな」
B-6は巻き戻し許可書を俺に投げつけた。
白い閃光。
アラームが鳴った。
マクシムが、また手探りでスマホを探している。
廊下ではアイロンが熱を帯び始めていた。
窓の外では、どこぞのクソ野郎が車のエンジンをかけている。
すべてが最初から始まった。
「よし、マクシム。今日は死なせない」
アイロンが、パチッと小さな火花を散らした。
「……いや、大口は叩かないでおこう」




