第1話「いい天気」
アラームが鳴った。
目を閉じたまま、手だけを伸ばして不快な音の発生源を探る。
探り当てると、指が勝手にパスコードを打ち込み、アラームを止めた。
待て……今の、一回目か? 十回目か?
俺は目を見開き、スマホをひっつかんで時刻を確認した。
「クソッ、遅刻だ!」
ベッドから跳ね起き、このウサギ小屋の角という角に体をぶつけながら浴室へ駆け込んだ。途中でアイロンのスイッチを入れることだけは、きっちり忘れなかった。
よりによって、こんな大事な日に寝坊するなんて。
どうにか身支度を整え、ネクタイを締め、リュックをつかむと、弾丸みたいな勢いでバス停へ走った。
道路を渡っている途中、どこぞのクソ野郎に轢かれかけた。寸前で車に気づけたのは奇跡だ。
せめてバスがすぐ来たのは幸運だった。
不機嫌そうな女性を二人ほど車内へ押し固め、その隙間に俺もねじ込んだ。
バスが乗客ごと内側から盛大に汗をかきながら次の停留所へ進むあいだ、会社で何と言い訳するか考えた。
(すみません、自宅の水道管が破裂して――)
『ナメた嘘こいてんじゃねえぞ』
(すみません、乗っていたバスが事故に遭って――)
『ナメた嘘こいてんじゃねえぞ』
ダメだ。何を言っても、見苦しい嘘にしか聞こえない。
……待て。アイロン、切ったっけ?
次の停留所で乗客の大半が降り、ようやくまともに息ができるようになった。空気も少しはマシだ。
スマホを取り出し、メッセージを確認する。
『おはよう。今日は全員、遅めに出社。ビルに入れない。どこかの天才が爆破予告を入れたらしい』
ふう、助かった。今日はツイてる。
……待てよ。じゃあ俺、ここまで命がけで急がなくてもよかったのか?
空いた席に腰を下ろし、背もたれに体を預けた。窓から差し込む日差しが顔を心地よく温める。
俺は少し笑った。
今日はいい天気だ。次で降りて、会社まで歩いてみるか。
そうしよう。
『次は、ベリョーゾフスカヤ駅前。お降りの方は……』
俺はのんびり立ち上がり、出口へ向かった。前のおばあさんが、まず右足、それから左足と、一工程ずつ降りていくのを待つ。
手伝うか?
いっそ抱えて、停留所まで放り投げたほうが早そうだ。
年寄りはなぜか出口を丸ごと塞ぐ。だからといって、別のドアまで行くのは面倒くさい。
……いや、もういい。このままじゃ寿命が尽きる。
俺はもう一方のドアへ駆け寄り、降りかけた。
「危ない!」
声のしたほうへ振り向く。
その瞬間――
「ったく、クソッタレが……このバカ、また死にやがった」




