Ep 8:聖域に触れるなかれ(あるいは不良債権の強制倒産プロジェクト)
すみません。8話9話投稿順が逆になってしましました。
1.財務のドンの誤算(ターゲットの選定ミス)
王宮の離れの館に居を構えてから、我が家のセキュリティホールは想定外の形で新たな『バグ』を引き寄せることになった。
「――アル殿。最近、陛下や皇太子殿下が、夜な夜なそなたの離れへ足を運ばれているようだが。一体、どのような極秘の政治謀略を企てている?」
宮殿の回廊。
俺――アルの前に立ちはだかったのは、王国の財務ギルドを牛耳り、長年にわたって前例主義を盾に不正横領を繰り返してきた「バルマ公爵」だった。
贅沢な毛皮をまとい、丸々と肥えた体を揺らす彼の目は、猜疑心と傲慢さに濁っている。
「バルマ公爵。私はただの外部顧問として、陛下や殿下の『メンタルケア(あるいはティータイム)』に付き合っているだけに過ぎません」
「ふん、とぼけるな。そなたが裏で私の『南部開発予算』の査定に異議を唱え、帳簿を嗅ぎ回っていることは知っているのだ。私を失脚させようなどと、身の程を知れ」
バルマ公爵は鼻で笑い、俺の横を通り過ぎていった。
だが、公爵の動きは、すでに俺の情報網によって完全に捕捉されていた。
公爵は、アルの弱みを握るために隠密を放ち、離れに住む「マリア」の存在を突き止め、彼女を誘拐・脅迫することで俺をコントロールしようと画策していたのだ。
下町の実家に帰り、マリアがオーブンでパウンドケーキを焼いているのを見つめながら、俺の脳内モニターは極めて冷徹なログを刻んでいた。
(……我が家の最大顧客に対して、誘拐・脅迫を仕掛けようなどと、言語道断。バルマ公爵家は、王国から強制退場処分とする)
いつもはマリアの前で見せる、子犬のような甘えた瞳は完全に消えていた。
そのアメジストの瞳の奥に宿ったのは、前世で信頼していたパートナーに謀殺されたあの夜以来、一度も表に出すことのなかった――獲物を一瞬で引き裂く「冷酷な猛禽の目」だった。
俺はすぐに宰相閣下と連絡を取り、裏で温めていた『バルマ公爵領・強制倒産プロジェクト』の実行キーを押した。
2.夜会のテラス、勝ち誇る不良債権
数日後の夜。王宮で開催された豪華絢爛な大夜会。
きらびやかなシャンデリアの下、バルマ公爵は俺を人目のないテラスへと呼び出した。
テラスの冷たい夜風が、俺の白銀の髪を揺らす。
公爵は、グラスを片手に、今やこの国のすべてを手に入れたかのような勝ち誇った笑顔を浮かべていた。
「くくく……アル殿。そなたが王宮の離れに、平民の『極上の牝狐』を囲っていることはすでに掴んでいるのだ」
「……牝狐、ですか」
俺は手袋をはめた指先でグラスを傾け、氷のように冷たい瞳で公爵を見下ろした。
「そうだ! 平民の女を王宮の聖域に引き込むなど重罪。これを公にされたくなければ、私が進めている南部開発の予算案(横領用のダミー事業)に、これ以上口を挟むのをやめることだな。さもなくば、あの女の命がどうなるか……」
公爵の下卑た笑み。
だが、俺はふっと、艶やかに、しかし凍りつくような薄笑いを唇に浮かべた。
「――私があそこに囲っているのは、世界で最も気高く、そして私にとって『唯一無二の最高経営責任者(母)』ですよ、公爵」
「は? 母親だと……? フン、どこの馬の骨とも知れぬ平民の女が、今さら何を――」
俺は静かに、一歩、公爵へと歩み寄った。
その瞬間、テラスの空気が物理的に凍りついたかのような、凄まじい覇気が放たれた。公爵は思わず息を呑み、圧迫感に耐えかねて数歩後ずさる。
「言葉に気をつけなさい、不良債権」
「な、何だと……!?」
「貴公が我が家に不適切なアクセス(間諜)を試みた時点で、貴公の命運は完全にゼロになりました。……先ほど、貴公の領地における『不正帳簿の原本』、および隣国との『武器密輸の証拠一式』を、国王陛下と皇太子殿下、そして宰相閣下の連名で、近衛騎士団へ提出(強制執行)いたしました」
バルマ公爵の顔から、一瞬にして血の気が引いていく。
「な、何だと……!? そんなもの、どこで……!? 証拠など、すべて隠滅したはずだ!」
「社交界の貴婦人方を甘く見ないことです」
俺は公爵に顔を近づけ、その耳元で冷たく囁いた。
「彼女たちは、貴公が夜のベッドの上で誇らしげに語っていた『お喋り』を、すべて私に共有してくれていましたので。寝室の壁にも、枕の下にも、私の情報網は存在しているのですよ」
「ば、馬鹿な……! 我が公爵家は、建国以来の歴史が――」
「歴史があろうと、バランスシートが債務超過(大赤字)なら、ただのゴミです」
俺はすっと体を離し、夜空を見上げた。
「ああ、それから、貴公の個人資産、および領地ギルドの全債権は、我が裏グループが本日正午までにすべて敵対的買収(買い占め)を完了しています。明日、貴公の家は取り潰され、身柄は鉱山へと『売却』される。……私の大切な聖域に触れようとしたペナルティとしては、少々安すぎましたがね」
「あ、あ、あわ……!」
バルマ公爵は、手に持っていたグラスを床に落として粉々に砕き、そのまま膝から崩れ落ちた。
一夜にして、一国の財務を牛耳っていた名門公爵家が、音を立てて完全崩壊した瞬間だった。
3.翌日の通常運転(国を滅ぼす猛禽の手懐け方)
公爵家が跡形もなく抹殺された、翌日の午後。
離れのリビングでは、昨日の緊迫感など微塵も感じられない、のどかな時間が流れていた。
庭のテーブルで、マリアが呑気に焼き立てのパウンドケーキを切り分けている。
バァン!!! と、リビングの扉が、凄まじい勢いで叩き開けられた。
「マリア!!! 無事か!!!?」
血相を変えて飛び込んできたのは、剣すら帯びていない、普段着の国王クリスだった。
「バルマの賊がお前に危害を加えようとしたと聞いて、生きた心地がしなかった! 怪我はないか!?」
「マリア様!!! 私の近衛騎士団が、バルマの私兵を一人残らず捕縛いたしました! お怪我はありませんか!?」
続けて、息を切らせた皇太子リュカも突入してくる。
二人とも、王としての威厳をかなぐり捨てて、必死の形相でマリアの元へと駆け寄った。
「まあ、陛下に殿下。お騒がせしてすみません」
マリアはおっとりと首を傾げ、困ったように微笑んだ。
「でも、アルが昨日『ちょっと会社(公爵家)の監査をしてくる』って言って、昨日のうちに全部片付けてくれたのよ? ほら、ちょうどケーキが焼き上がりましたわ。ハーブティーも淹れますね」
「「(監査……!?)」」
国王と皇太子は、同時に引き攣った顔で、キッチンからエプロン姿で現れた俺を見た。
「あ、母さん。僕、バルマの個人資産から、母さんが欲しがってた『南方の最高級茶葉の利権』もついでに剥ぎ取っておいたよ。……褒めて?」
俺は、先ほどのテラスでの冷酷な「猛禽の目」を完全に封印し、いつもの「お母さん大好きな甘えん坊の息子」の目(うるうるとした子犬の瞳)に戻って、マリアの服の裾を引っぱった。
「あら、本当に? ありがとう、アル。いい子ねえ、よしよし」
マリアがおっとりと微笑み、俺の白銀の髪を優しく撫でまわす。
俺は喉を鳴らすように目を細め、完全にマリアの手のひらで手懐けられていた。
その様子を、横で見ていた国王と皇太子は、背筋に冷たいものを感じてブルブルと震えていた。
(……国を滅ぼすレベルの猛禽を、よしよし一つで手懐けている……。やはり、この家で最も恐ろしいのは、アルではなくマリア殿(マリア様)だ……!!!)
「……流石は、我が相談役(先生)だ。仕事が……早すぎる……」
「(コクコクと、青い顔で頷くリュカ)」
王家を揺るがす危機すら、ただの「監査」として処理してみせたアル。
この事件を経て、国王と皇太子は、マリアとアルの親子を絶対に怒らせてはならないと、骨の髄まで刻み込むことになるのだった。
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