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Ep 6:アポなし突撃システムエラー

1.未練おじ様、ファースト・ペンギンとなる


「……うん、やはり完璧な焼き上がりだね、母さん」


王宮の離れの館。

咲き誇る薔薇の庭園から心地よい風が吹き抜けるリビングで、俺――アルは、着古した綿の部屋着姿で幸せそうに目を細めていた。

テーブルの上に並んでいるのは、マリアがオーブンから焼き上げたばかりの、バターの香ばしい匂いを漂わせる特製チョコチップクッキー。外はサクッと、中はしっとり。脳の疲労を極限まで癒やしてくれる、我が家の最高機密おやつだ。


「ふふ、アルが美味しそうに食べてくれるのが、母さんは一番嬉しいわ」


マリアがおっとりと微笑み、紅茶を注ぎ足してくれる。

この平和で甘いセーフハウス。これこそが俺の求めていた完全なライフプラン……と、満足感に浸っていたその時だった。


カチャ、とリビングの扉が、ノックもなしに非常にスマートな動作で開け放たれた。


「やあ、アル。最新の関税法に関する『極秘の諮問』があってな。……おお、マリア! ちょうど良いところに!」


部屋に入ってきたのは、この国の最高権力者(現CEO)たる国王クリスだった。

一応、手にはダミーの外交書類らしきものを抱えているが、その碧眼は、アルではなくテーブルの上の焼き立てクッキーへと完全にロックオンされている。


(……早速来やがったな、この未練おじ様。セキュリティホールの脆弱性を突くファースト・ペンギンになるとは、さすが現経営者(国王)だ)


俺は一瞬にして、社交界用の完璧な能面ポーカーフェイスを起動させた。


「陛下。公式なアポイントメントのない突撃は、私のコンサルティング業務における重い規約違反に当たります。この滞在時間、通常のタイムチャージ(相談料)の倍額で請求させていただきますが」


「よいよい! 経費(国家予算)で落とせ! それよりマリア、その熱々のクッキーを私にも一枚くれないか?」


国王は、アルの冷たい警告などどこ吹く風で、豪奢な外套をバサリと脱ぎ捨ててソファに深く腰掛けた。

マリアが「まあ、陛下。いらっしゃいませ」と嬉しそうにクッキーの皿を差し出すと、国王はそれを熱々で頬張り、耳まで赤くして目元をふにゃりと緩めた。


「美味い……! やはりマリアのクッキーは世界一だ。王宮のお抱え料理人たちの凝った菓子など、これに比べればただの砂利のようなものだな。はふ、はふ……熱いが最高だ」


「あら、嬉しい。ゆっくり召し上がってくださいね、クリス様」


「っ……! ああ、ありがとう、マリア(照)」


(……おい。私のオフィス(実家)で、現CEOが元・不倫相手と公然とイチャついているんだが。目的(公務の相談)と手段(サッキーのつまみ食い)が完全に逆転(主客転倒)している。この甘ったるい空間のデトックス費用も請求書に上乗せしておこう)


俺が冷たい視線で帳簿(脳内)に数字を刻んでいた、その瞬間だった。


バァン!! と、リビングの扉が、今度は非常に騒々しい物理的な衝撃と共に叩き開けられた。


「先生!! 本日分のケーススタディの回答をまとめました! 誰よりも早く先生に評価フィードバックしていただきたくて、不躾ながら突撃させて――」


息を切らせて部屋に飛び込んできたのは、金髪を乱した皇太子リュカだった。

だが、リュカは俺の姿を見つける前に、ソファでクッキーを咥えながらマリアと見つめ合っていた「己の父親(国王)」の姿を視界に捉え、その場でピタリと硬直した。


「……………………は?」


「(クッキーを咥えたまま静止する)………………あ」


離れの小さなリビングに、未だかつてないレベルの深刻なシステムフリーズ(沈黙)が発生した。


2.バグとバグの衝突(カオスな鉢合わせ)


「ち、父上……!?」


リュカの碧眼が、パニックで激しく泳ぎ始めた。

彼がこれまでの人生で見てきた父親は、常に重厚な玉座に座り、王冠を戴き、重臣たちに冷徹な命令を下す、冷酷で威厳に満ちた絶対君主だった。

しかし、今目の前にいる父親は、白銀の髪を乱し、上着も着ずに、アルの母親から「あーん」とされる寸前の体勢で、だらしなく口元をチョコまみれにしている「ふやけたおじさん」だった。


「なぜ、父上が先生の離れにいるのですか!? しかも、その、まるで長年連れ添った夫婦のような、見たこともない締まりのないお顔をして……! 一体、何のご公務サボりですか!?」


「こ、コホン……! 違うのだ、リュカ!」

国王は大慌てでクッキーをごくりと飲み込み、ソファの上で姿勢を正して威厳のある声を絞り出した。

「これは、その、我が国の今後の、南部関税におけるインフラ投資……そう、マリアのお茶菓子調達に関する極めて重要な、極秘の諮問を行っていたのだ!」


「嘘をおっしゃらないでください! 関税の相談に、なぜその美しいご婦人と焼き立てのクッキーが必要なのですか!? そもそも、父上は最近いつも『アルに相談がある』と言って執務室を抜け出していると、宰相閣下が執務室で血尿を流しながら泣いておられましたよ!」


「なっ、あやつ、私を監視しているのか……!」


「先生の貴重な時間を、父上ばかりが独占するなどずるいです! 先生は私の指導者ですよ!」


大型犬のように吠え、嫉妬と怒りで肩を震わせるリュカ。

王宮の最高権力者と、次期王位継承者が、狭いリビングでクッキーと一人のアルを巡って大人気ない言い争いを繰り広げている。


「まあまあ、リュカ殿下。そんなに怒っては、せっかくのクッキーが冷めてしまいますわ」


修羅場の空気を完全にスルーし、マリアがおっとりと微笑みながらリュカの前に歩み寄った。


「あなたが、アルがいつも褒めている、可愛い生徒さんね。アルにそっくりで、とっても素敵な男の子。さあ、殿下もこちらでお茶をどうぞ。今、新しいお茶を淹れますからね」


「あ……」

マリアの、すべてを包み込むような圧倒的な聖母のオーラ。そして、どことなく大好きな「先生アル」に似た美しい面影。

それらを間近で浴びた瞬間、リュカは一瞬で顔を真っ赤にし、借りてきた猫のように大人しくなった。


「あ、あ義母さま……じゃなくて、奥様……。……あ、ありがとうございます(思わず素直に座ってしまう)」


「ふふ、可愛いわねえ」


(……はぁ。うちの母親の『天然の顧客懐柔スキル(胃袋掌握)』は、私のコンサルスキルを遥かに超越しているな。一瞬で次期CEOを懐柔(買収)するとは、恐ろしい母親だ)


俺はトレイに新しく淹れたハーブティーを載せ、完璧な能面ポーカーフェイスで二人の間に割り込んだ。


「殿下。アポイントメントなしの突撃は、本来であれば一発で『不合格(契約解除)』のペナルティ対象ですよ」


「うっ……! す、すみません、先生……。どうしても、早く評価してほしくて……」

リュカが耳をペタンと伏せるようにして、しゅん、と項垂れる。

そんな彼に、俺は冷徹な笑顔でお茶を差し出した。


「ですが、現経営者(陛下)と、次世代経営者(殿下)がこうして我が新オフィスに揃ったのです。……これは、極めて興味深い市場動向ですね」


3.最後の1枚を賭けたマウント合戦


マリアが用意してくれた特製クッキーは、国王と皇太子が競うようにして胃袋に収めた結果、皿の上にはついに「最後の一枚」だけが残されていた。


お茶を飲み干した国王と皇太子。二人の視線が、皿の上のクッキーへと同時に向けられ、バチバチとした火花が散った。


「……リュカ。若者は、目上の者に譲るという『美徳』を学ぶべきだ。このクッキーは、私がマリアから直接賜った最高級の配当おやつなのだからな」

国王が、碧眼を鋭く細めて我が子を威圧する。


「いいえ、父上。ビジネスの世界においては、成果を出した者こそがリターン(報酬)を受け取る権利があります。私は本日、先生からの宿題で『S評価』を獲得したのです。このクッキーは、私の努力に対する正当なインセンティブです!」

皇太子も一歩も引かず、先生に仕込まれたロジックを使って父親にマウントを取り返した。


「ふん、小癪な。ならば王としての命令だ。そのクッキーを私に差し出せ」


「職権乱用です、父上! 先生、父上が権力を使って私の正当な報酬を横領しようとしています!」


「横領とは人聞きが悪い! 私はこの国の王だぞ!」


「次期CEOのモチベーションを低下させる現経営陣など、老害の不良債権スクラップです!」


(……おいおい。国家の最高意志決定層のツートップが、我が家のチョコチップクッキーの最後の1枚を巡って、大真面目に経営戦略を武器にした泥沼の小競り合い(マウント合戦)を始めるな。前世の外資系ファームでも、これほど低次元で高レベルな醜い争いは見たことがないぞ)


俺はふっとため息をつき、お茶の入ったティーポットを静かに置いた。

その「コトッ」というわずかな音に、激しい言い争いをしていた国王と皇太子が、同時にビクッと肩を揺らしてこちらを見た。


二人の前に立つ俺の顔には、社交界すら凍りつかせる、完璧で冷酷な「猛禽の微笑ポーカーフェイス」が浮かんでいた。


「……お二人とも。我が家のプライベートスペースにおける不適切な小競り合いは、そこまでにいたしましょう」


4.システム再起動(冷徹な家族会議の強制執行)


「あ、アル……? なんだか、いつもより笑顔が怖いのだが……」


国王が、王としての威厳をどこかへ置き去りにして、ソファの隅で小さくなった。


「せ、先生……。私は、ただ、正当な権利を主張しただけで……」


リュカもまた、アルから放たれる凄まじい「冷気プレッシャー」に、碧眼をうるませて後ずさる。


俺は二人の間のテーブルに、すっと一枚の真っ白な羊皮紙を提示した。


「せっかく現CEO(陛下)と、次期CEO(殿下)が揃ったのです。クッキーの最後の1枚を賭けた無駄なリソースの競合(争い)を行うくらいであれば――これより、お二人を巻き込んだ『家族会議』を強制執行スタートいたします」


「「か、家族会議……!?」」


国王と皇太子が、同時に声を揃えて驚愕した。


「ええ。議題は二つ。第一に、陛下。あなたが昔やらかした『低位貴族令嬢(母マリア)に対する不適切なコンプライアンス違反オイタ』、およびそれを隠蔽するために宰相閣下の名義を借りて流し続けた『不透明な資金ルート(支援金)』の総括と責任の明確化(落とし前)」


「う、胃が痛い……! アル、その話は……!」

国王は顔を真っ青にし、過去の示談金(支援金)のキャッシュフローをすべて把握されていることに絶望して頭を抱えた。


「そして第二に、殿下。アポイントメントなしで我が新オフィス(自宅)に侵入したことに対する、ペナルティ(減点)の確定。および、陛下がマリアと過ごす『プライベート時間』に対して、貴方が抱いている不適切な嫉妬感情バグのデバッグ(修正)」


「せ、先生……! 私はただ、先生を父上に独占されるのが嫌だっただけで……っ!」

リュカは顔を真っ赤にし、自分の心の内にある「先生への執着(クソデカ感情)」をロジカルに言語化されて、恥ずかしさのあまり悶絶した。


「お二人とも、事実に基づいてディスカッションを行いましょう。感情論での反論は一切認めません。……さあ、朝までじっくりと、この国の未来と、我が家のセキュリティ規約について、徹底的にロジカルに整理スクラップ・アンド・ビルドしましょうか」


ふっと艶やかに、しかし完全に瞳の奥が凍りついた笑みを浮かべるアル。


「(ブルブル震えながら)……す、すまん、アル。私が悪かった、帰らせてくれ……」


「(真っ赤になって半べそをかきながら)せ、先生……! 私も、アポなしで突撃したのは反省しますから、その冷たい目で見つめないでください……!」


国を動かすはずの強大な二人の男が、部屋着姿のアルの前に正座させられ、完全に手懐けられている。


キッチンで新しい紅茶の準備をしながら、マリアはそんな三人の様子を見て、おっとりと微笑んでいた。


「まあ。陛下も殿下も、アルとお話ができて本当に楽しそうだわ。……ふふ、今夜は賑やかな夜になりそうねえ」


「(楽しそうに見えるか、母さん!?)」と、心の中で全力でツッコミを入れながらも、俺は冷徹な笑顔のまま、震える国王と皇太子のグラスに、容赦なく「ディスカッション用」の苦いハーブティーを注ぎ足すのだった。


王宮の片隅、世界で一番甘くて、世界で一番恐ろしい『猛禽の巣』の夜は、こうして賑やかに、そして容赦なく更けていく――。

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