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Ep 4:次世代CEO育成計画

1.無能な後継者候補と、最悪の教育係


王宮の重臣たちをロジカル・ハラスメントで一掃した御前会議から数日後。

俺――アルは、宰相を通じて国王から新たな『特命』を言い渡されていた。


「リュカ皇太子の教育係になってほしい」


国王からのたっての願いであり、俺を完全に王家へ繋ぎ止めたいという思惑が見え透いた依頼だった。だが、前世のコンサルタントとしての血が、この案件を「最上級の再建プロジェクト」として認識してしまった。

王位継承者。次期最高経営責任者(CEO)。

だが、現在のリュカ皇太子は、おべっか使いの家庭教師たちに甘やかされ、現実の数字も市場の動向も見えていない「お飾り後継者」に過ぎなかった。


「失礼します、殿下。本日より貴方の教育を担当いたします、アル・マリオです」


皇太子の私設書斎。

そこにいたのは、燃えるような金髪と勝気な碧眼を持つ、十五歳の少年だった。

リュカ皇太子は、部屋に入ってきた俺を鋭く睨みつけた。社交界で浮名を流し、先日の御前会議で重臣たちを冷酷に引きずり下ろしたという「美しき猛禽」の噂は、当然彼の耳にも届いているのだろう。


「ふん。お前がアルか。父上や宰相閣下がこぞって絶賛するからどんな高徳な学者かと思えば……ずいぶんと薄っぺらい美貌の男だな。私に何を教えるつもりだ? 社交界での女の口説き方か?」


ふん、と鼻で笑うリュカ。

子供特有の、精一杯の虚勢とプライド。

だが、俺はポーカーフェイスを一切崩さず、手袋をはめた指先で、テーブルの上に置かれていたリュカの過去のレポートを数枚、優雅にめくった。


「……殿下。貴方が今まで書いてこられたこの資料ですが」


「なんだ。私の完璧な『王道論』に何か文句でもあるのか?」


「ポエムとしては、実に見事です。点数をつけるなら、五点ですね。百分満点中ですが」


「なっ……何だと!?」


リュカがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。顔を真っ赤にして拳を握りしめている。

だが、俺の目はアメジストのように冷たく、鋭く、彼のすべてを解剖するように見つめた。


「国家の予算配分に対する考察が一切なく、ただ『民を愛し、平穏を願う』とだけ書かれている。中身が完全に空っぽです。もしこの国が民間の大企業であれば、貴方のような次世代リーダーを置いた時点で、一四半期で確実に倒産します。貴方に足りないのは、綺麗事ではなく、現実の数字を冷徹に見極めるロジックです」


「き、貴様……!」


「座りなさい、殿下。感情に任せて吠えるのは、自身の知能の低さを周囲に宣伝するだけの最も愚かな行為ですよ」


その凍りつくような美貌から放たれる、圧倒的な威圧感。

あまりの覇気に、リュカは息を呑み、金縛りにあったようにその場にへたり込んでしまった。

これこそが、後継者育成計画の第一段階。既存の無駄なプライドの完全なるスクラップだった。


2.歴史の必然と、冷徹な分析


初日の洗礼を経て、俺の「地獄のブートキャンプ」が本格的に始まった。

俺が教えるのは、退屈な古典の暗記でも、お抱え騎士との剣術ごっこでもない。現実の政治、財務、そして意思決定のフレームワークだ。


「……先生。先日の、南部派の財務大臣たちの粛清ですが」


ある日の講義中、リュカが神妙な、しかしどこか怯えを孕んだ瞳で問いかけてきた。

あれ以来、リュカは俺を「お前」ではなく「先生」と呼ぶようになっていた。


「彼らは、建国以来の功臣の血筋でした。それを、あのように一夜にして根こそぎ排除するなんて、あまりに冷酷で、独裁的ではないでしょうか。民や他の貴族たちに『暴政』だと受け取られるリスクを、先生はどうお考えなのですか?」


感情論に基づく、教科書通りの懸念。

俺は羽ペンを置き、黒板の代わりに用意させた巨大な羊皮紙に、王国の物流ルートと歴代の税収推移のグラフを素早く描き出した。


「殿下。歴史のすべてを単なる物語として語ることはできません。ですが、こうして歴史をデータとして紐解けば――今回の重臣の粛清は、最初からシステム上の『必然』だったとわかります」


「……必然?」


「ええ。過去百年のデータを分析してください。王権が弱まり、貴族の権限が肥大化する周期において、必ず南部関税の『中抜きの割合』が急増しています。彼らは建国の功臣ではなく、国家のインフラを人質にして私腹を肥やす、ただの『寄生虫』に成り下がっていた。今回はそれが許容値を超えたため、強制執行されたに過ぎません。感情ではなく、経済的な必然性の問題です」


黒板に描かれた、歴代の数字の推移。

歴史の裏に隠された「数字の整合性」を目の当たりにし、リュカは碧眼を大きく見開いた。


「歴史は、美しい物語ではなく、冷徹な因果関係の積み重ねなのだ……」


「その通りです。数字を見なさい。そこにしか、真実はありません」


俺がふっと薄く、しかしこの上なく妖艶に微笑むと、リュカはドクンと胸を鳴らした。

冷酷で、容赦がなくて、けれど誰よりもこの世界の『仕組み』を美しく、完璧に理解している。

リュカは、目の前にいる白銀の髪の家庭教師に、単なる「畏怖」を超えた、底知れない憧れと執着の混ざった視線を向け始めていた。


3.宿題:教育者たちの評価


「さて、講義はここまでです。本日は、殿下に極めて実践的な『課題』を提示します」


俺は羊皮紙をまとめ、リュカの前に真っ白な紙を一枚置いた。


「宿題、ですか? どのような論文を書けば良いのですか?」


リュカが、やる気に満ちた、まるで飼い主に褒められたい大型犬のような目を輝かせる。

そんな彼に、俺は冷徹な笑顔で言った。


「今まで貴方を教育してきた人物――過去の家庭教師や学者、騎士団の指導者たちを、貴方なりの評価基準で評価してみてください。彼らが貴方に与えた影響、その教育の投資対効果を、数字と論理で評価するのです」


「な……家庭教師たちを、私が評価するのか!?」


「ええ。そして」

俺はさらに一歩、リュカに近づいた。

ふわりと、アルのまとう冷たいミントの香りがリュカの鼻腔をくすぐる。その距離に、リュカの心臓が不規則なビートを刻んだ。


「その評価シートを持って、陛下や宰相閣下に直接、問いかけてみてください。『自分は彼らをこう評価したが、お二人の評価と一致しているか』と。もし違っていたら、なぜ違ったのか。そのギャップ分析を行い、レポートにまとめて提出してください。今回の宿題は以上です」


リュカは息を呑んだ。

これまでの教育者は皆、リュカに「偉大なる王の言葉を暗記しなさい」としか言わなかった。

だが、アルの宿題は違う。

現CEO(国王)と、共同経営者(宰相)という、この国のツートップのビジョンを直接引き出し、自分との認識の一致を図るという、超実践的なトップ交渉術だった。


「先生……私は、このような課題、今まで一度も……」


「殿下。次期CEO(国王)にとって、最も重要なスキルは『人事評価』と『経営陣の意思統一』です。無能な部下のポエムに付き合う必要はありません。さあ、今すぐ着手してください」


「はい……! はい、先生! 私、必ず完璧なレポートを仕上げてみせます!」


リュカは興奮に頬を紅潮させ、机に齧り付くようにしてペンを握りしめた。

先生に認められたい。あの冷たく美しい瞳に、自分という『生徒』の有能さを示したい。

その純粋で、かつ狂気的なまでの執着が、お飾りだった皇太子の眠れる才能を、急速に呼び覚まそうとしていた。


4.もう一つの教育エピソード:夜間防衛リスクマネジメントの実地訓練


その日の深夜。

王宮の離れではなく、まだ下町の実家に通っていた俺の元へ、王宮の騎士から「リュカ殿下が、夜間の宿直訓練中にトラブルに巻き込まれた」という極秘の連絡が入った。

王宮の裏庭、演習場。

そこでは、リュカが数名の若手騎士たちと共に、演習用の魔導具の暴走によって囲まれ、立ち往生していた。


「殿下! 下がってください!」

「くそっ、防衛線の構築が間に合わない……!」


焦る若手騎士たち。

そこに、音もなく現れたのは、夜会服を翻した俺だった。

俺は手袋をはめた手で、瞬時に演習用魔導具の「魔力供給経路サプライチェーン」の核を物理的に見抜き、隠し持っていた細剣の柄で正確に強打した。


――パリィン!


一撃で魔導具の暴走が止まり、静寂が戻る。


「せ、先生……!?」


へたり込んでいたリュカが、救世主を見るような瞳で俺を見上げた。


俺は乱れた衣服を整え、冷淡なアメジストの瞳でリュカを見下ろした。


「殿下。防衛線を構築する際の戦力配置が致命的に遅い。予測不可能なバグ(魔導具の暴走)に対する準備が全く策定されていませんでしたね」


「あ、う……」


「怪我はありませんか、リュカ」


俺はそっと、彼の前に跪き、泥のついた彼の小さな手を、シルクの手袋越しにそっと包み込んだ。


「……貴方に何かあれば、私の『育成プロジェクト(サクセッションプラン)』は大赤字(大失敗)に終わる。私のポートフォリオを、無駄な損失で汚さないでいただきたい」


ビジネスライクな、どこまでも冷たい言葉。

だが、その細く美しい指先の温もりと、自分の無事を心から安堵している(ように見える)その冷徹な優しさに、リュカの胸は張り裂けんばかりに高鳴った。


(ああ……この人は、私のために来てくれた。私という存在を、誰よりも真剣に見つめてくれている――)


リュカの碧眼に宿る光は、もはや単なる師への「尊敬」ではなかった。

この冷酷で完璧な猛禽を、一生かけてでも独占したい、彼の期待に応えたいという、深く重い『執着』へと、完全に変貌を遂げていたのである。

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