初デートの仕様。……あるいは、地下ラボの再結晶化
「……ふにゃぁ。……フェリクス様、デートというのは、もっとこう……お洒落なテラスでアフタヌーンティーを楽しむものではなくて?」
私は、暗く湿った石造りの階段を降りながら、困惑の声を漏らした。
ベルシュタイン邸の地下深く。かつて私が「ゴミ(美容液)」を量産していた私設ラボのさらに奥に、フェリクスが「新婚の愛の巣(拠点)」として構築した隠し部屋である。
「リリアーナ様、甘いですよ。……凡百な貴族のデートなど、リソースの無駄遣いに過ぎません。……我々が真に共有すべきは、優雅な時間ではなく、**『未知の反応経路(化学)』と『究極のハードウェア(筋肉)』**への飽くなき探求心のはずだ」
フェリクスが魔法灯を灯すと、そこには王宮魔導院をも凌駕する、最新鋭の魔導実験器具が並んでいた。
特に目を引くのは、部屋の中央に鎮座する、鈍い銀光を放つ巨大な装置だ。
「ひゃぅっ!? ……こ、これは、……魔導遠心分離機・カスタムモデル……!? しかも、……このベアリングの滑らかさ、……職人の手による『手組み』のバルクを感じますわ……!」
私の中の「45歳のおじさん(天才化学者)」が、一瞬で目を輝かせた。
フェリクスは眼鏡を光らせ、私の腰に手を回す――かと思いきや、その手を私の背中の広背筋に添え、指先で筋肉の緊張を読み取った。
「ククク……。リリアーナ様、良い反応だ。……さあ、始めましょうか。……二人で新しいアミノ酸の『ビルド(構築)』を。……この遠心分離機に、貴女の魔力と私の論理を流し込み、……世界を揺るがす『真の筋肉増強剤』を、今度こそ再結晶させるのです!」
「……っ!! ……やってやりますわ! ……今度こそ、……肌がツヤツヤになるだけのゴミではなく、……私のこの豆腐のような腕を、……鋼鉄に変えるパッチを完成させてみせますわ!!」
私たちは、婚約者らしい甘い空気など一ミリも出さず、狂ったようにフラスコを振り、数式を壁に書き殴り始めた。
「リリアーナ様、第3段階の攪拌に入ります! 筋肉の連動を意識して、レバーを引きなさい!」
「わかっていますわ! ……ふにゃにゃにゃにゃっ!! ……やっぱり、……レバーが、……レバーが重すぎて、……一ミリも動きませんわぁぁ!!」
「くっ、ハードウェア(筋力)のスペック不足か……! 貸しなさい、私が背後から貴女の腕を固定し、外部プロセッサとして同期します!」
フェリクスが私の背後から重なるように手を添え、二人でレバーを引く。
……端から見れば、密着する若い男女の熱い抱擁。
……しかしその実態は、重すぎるレバーに立ち向かう、「おっさん化学者」と「変態エンジニア」の泥臭い共同デバッグであった。
その瞬間、遠心分離機から目が眩むような黄金の光が溢れ出し、ラボ全体を包み込んだ。
「……完成、……しましたの……?」
期待に胸を膨らませ、私たちが取り出したのは……。
飲むだけで全身が筋肉で爆発するような『究極の薬』ではなく、**「一滴垂らすだけで、どんな枯れ木も一瞬で大輪の花を咲かせ、周囲の空気を極上のアロマで満たす『奇跡の植物活性剤』」**であった。
「…………(真顔)」
「…………(鼻血)」
「……また、……ゴミ(美容系)を作ってしまいましたわ……。……フェリクス様、……これでは私の腹筋は、……一生割れませんわ……」
私は絶望のあまり、フェリクスの胸元で崩れ落ちた。
フェリクスは、その「失敗作」の放つあまりに神々しい美しさに当てられ、鼻血を噴き出しながら私を抱きしめた。
「ククク……。リリアーナ様、……これこそが、……我々の『愛』の結晶ですよ……」
こうして、婚約してなお「筋肉」への道は遠く、リリアーナの「意図しない聖女化」は、地下深くでさらなる深化を遂げていくのであった。




