国家間の競合状態。……あるいは、論理的亡命のチェックアウト
「……ふにゃぁ。……なんだか、外が物々しいですわ……」
翌朝、ベルシュタイン邸のテラスで目覚めた私の耳に届いたのは、小鳥のさえずりではなく、「ガシャン!」という重厚な甲冑のぶつかり合う音だった。
「リリアーナ! 隣国の狐に、君の『管理権限』を譲渡するなんて冗談じゃない! これは、我が王国の国防資産の不当な海外流出だ!(王子)」
「妹よ! たとえ婚姻届という名の仕様書が提出されても、私がこの手で物理的に『デリート』してやる!(兄様)」
庭園には、アレン王子率いる近衛騎士団と、兄様率いるベルシュタイン家私兵団が展開し、中央に立つフェリクスを包囲していた。
「ククク。……相変わらず、王国の皆様は『レガシーな思考』に縛られておいでだ。……リリアーナ様の価値を、単なる『防衛システム』としか見ていないとは悲しいことだ」
フェリクスは包囲網のど真ん中で、悠然と一枚の羊皮紙――**『隣国との魔法技術共有および関税撤廃に関する包括的条約案』**を掲げた。
「なっ……それは!?」
「リリアーナ様との婚姻にあたり、我が公国は王国に対し、今後百年の『魔導燃料の優先供給権』を譲渡する。……さらに、私の爵位を王国側に登録し、リリアーナ様が隣国へ行くのではなく、私がこの国に『移住』する形を取る。……これで、技術流出という名の懸念は解消されるはずだ」
「……移住だと? 貴公、自国の継承権を捨てるつもりか!(王子)」
「リリアーナ様という『マスターソース』を保守できるなら、私のバックグラウンド(地位)など、ただのキャッシュデータに過ぎません。……私は、彼女の隣で一生、デバッグ作業に従事する道を選んだのです」
そのあまりにも「論理的で狂気じみた献身」に、王子と兄様が戦慄して言葉を失う。
私は、美魔女(母上)に膝枕をされながら、その光景をぼんやり眺めていた。
……フェリクス様。……それ、普通に言えば「君のために国を捨てるよ」っていう、最高にロマンチックなセリフなんですけれど。……どうして、そんな「サーバーの移設」みたいな言い方をするのかしら。
「……リリアーナ様。……承認の署名を。……これで貴女は、……面倒な外交公務(残業)から解放され、……私という鉄壁のファイアウォールの内側で、……一生『定時』を謳歌できるのですわ」
「……ふにゃぁ。……それなら、……サインしてあげても、……よろしくてよ」
私が震える手で(筋肉不足のため)、契約書にサインをした瞬間。
「聖女リリアーナ、隣国の狂犬フェリクスと婚約」というニュースが、大陸中のネットワーク(通信魔法)を駆け巡り、各国の「独身美魔女」と「筋肉マニア」たちを絶望と祝福の渦に叩き込んだのである。
だが、この「完璧な契約」には、一つだけ計算外のバグがあった。
……「おっさん」である私を、フェリクスがどう「妻」として扱うのか、という根本的な処理(実装)について、私たちはまだ話し合っていなかったのだ。




