解析された「魂」。……その計算式、45歳の独身「化学者」ですわね?
ベルシュタイン邸の広間に、かつてない不穏な空気が充満していた。
中央に座るのは、完璧な所作で刺繍を刺し続ける、筋肉の「き」の字も忘れた「純白のリリアーナ」。
そして彼女を囲むのは、最愛の妹の変貌に戸惑うカシアンと、危機感に冷や汗を流すアレン王子である。
「……リリアーナ嬢。君の正体について、少し『デバッグ』をさせてもらいたい」
フェリクスが眼鏡のブリッジを押し上げ、巨大な黒板……否、魔導計算盤を引きずり出してきた。そこには、過去50話分のリリアーナの言動から抽出された統計データと、魔導演算による成分分析がびっしりと書き込まれている。
「……フェリクス様。私、難しいお話は……」
「黙って聞いてください、今の『空っぽ』な貴女。……私が導き出したのは、貴女の**【思考アルゴリズムの真理】**だ」
フェリクスが計算尺を叩く。
「まず、君の知識だ。15歳の令嬢が、魔力触媒の特性を『不随意筋の収縮効率』に結びつけ、アミノ酸のキラル中心まで把握しているなど、この世界の教育課程では説明がつかない。
……そして、何よりその『ふにゃにゃにゃ』という笑い声。……これは、長年フラスコを振り、試験管の沈殿物に一喜一憂してきた中年の研究者特有の、絶望と快楽が混ざった周波数だ」
フェリクスは冷徹に言い放つ。
「カシアン殿。殿下が愛しているのは、純真な令嬢などではない。
……その中身は、前世で**『筋肉の合成』に人生を捧げ、私生活のすべてを犠牲にして実験室に籠もり続けていた、45歳前後の独身化学者の男**だ。
……いわば、貴女たちの前にいるのは『美少女の皮を被った、白衣の亡霊』そのものなのだよ!!」
静寂が、広間を支配した。
お兄様は口をあんぐりと開け、アレン王子は膝から崩れ落ちた。
だが、当のリリアーナは――。
「……ふにゃ? ……なんのことかしら。……私は、リリアーナ。……ベルシュタインの娘ですわ」
彼女の表情は、ピクリとも動かない。
化学者が実験の失敗を認めず「不純物が混入しただけです」としらを切る、あの鉄の無表情だ。
「……しらを切るなら、実証するまで。カシアン殿! 殿下! 失礼を承知で、今すぐ上着を脱ぎ捨て、最高難度のポージングを披露してください!」
「な、なんだって!?(王子)」
「今の彼女には、筋肉を認識するフィルタが壊れています。しかし、魂の深層に眠る『おっさん化学者』が本物なら……最高密度のバルク(素材)を目の当たりにすれば、必ずOSが再起動し、解析本能が目を覚ますはずだ!」
フェリクスの合図とともに、王子とお兄様は半狂乱で服を脱ぎ捨て、広間の中心でダブルバイセップスを決めた。
「「……ど、どうだ!! リリアーナ!!」」
しかし、リリアーナの瞳には、かつての狂気的な輝きはない。
彼女は、冷めた目でその「肉の塊」を見つめ、静かにこう言った。
「……お兄様、王子様。……廊下でやってくださらない? 汗が、刺繍の絹糸に飛びそうで、……不潔ですわ」
その瞬間。
フェリクスは震えた。怒りではない。**「面白すぎる……!!」**という知的好奇心に。
「(……全否定……! 45年間の執念すら、現在の『美少女プロトコル』が上書きしているというのか……!? ……いい。最高だ。ならば、この『完璧な偽物』を、私が一から書き換えてあげよう……)」
フェリクスは、リリアーナを「元に戻す」のではなく、彼女を「自分の理想の知的人格」へ再構築しようという、新たな歪んだ支配欲に目覚めてしまったのである。




