表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/100

筋肉(マッスル)のいない世界。……私はただの虚弱な美少女ですわ

第2章的な話になると思います

それは、リリアーナが新作ポーション『強制肥大ハイパー・アナボリック・ゼリー改』の触媒として、禁忌の魔石をフラスコに投入した瞬間に起きた。


魔力の逆流。視界を覆うピンク色の閃光。


リリアーナの脳内で、前世から引き継いだ「おっさんの魂」と「バルクへの執着」を繋ぎ止めていたニューロンが、物理的に焼き切れたのである。


「……お嬢様! お嬢様、しっかりしてくださいまし!」


サーシャの悲鳴で目を覚ましたリリアーナは、呆然と天井を見上げた。


視界に飛び込んできたのは、心配そうに自分を覗き込む、丸太のような腕をした兄・カシアンだった。


「リリアーナ! 無事か!? 意識が戻ったなら、さあ、この特製プロテインを……」


いつもなら「ふにゃぁ! お兄様、その三頭筋のカット、最高ですわ!」と食らいつくはずの場面。だが、リリアーナの口から漏れたのは、聞いたこともないような可憐で、震える悲鳴だった。


「……嫌。……怖い。……何ですか、その……血管の浮き出た恐ろしい丸太は……っ!」




「……え?」




お兄様の腕が止まる。サーシャの顔が強張る。


リリアーナは毛布を頭まで被り、ガタガタと震えながら叫んだ。


「……筋肉なんて、ただの、……ただの恐ろしい肉の塊ですわ! 汗臭いし、硬いし、……何より、美しくありませんわ! 私は、もっと……もっと細くて、折れそうな、……普通に可愛いものが好きなのですわ……っ!」


その日、ベルシュタイン侯爵邸に激震が走った。


リリアーナ・ベルシュタインから、「筋肉マッスル」という概念が完全に消失したのだ。


翌朝。

リリアーナの部屋を訪れたアレン王子は、目の前の光景に絶句した。


そこには、愛読していた『月刊アイアンマン(魔導版)』をすべて暖炉で焼き捨て、代わりに刺繍を嗜みながら、優雅に紅茶を啜る「完璧な美少女」がいた。


「リリアーナ……。君、その……。今日はスクワットはしないのかい?」


「……殿下。なんて野蛮なことを仰るのですか。……女性が足を広げて屈伸するなど、……はしたないにも程がありますわ。……それより見てくださいな。この小鳥の刺繍、可愛らしいでしょう?」


「(……こ、小鳥……!? 筋肉の鳥(七面鳥の胸肉)の話ではなくて、本物の小鳥だと……!?)」


王子の背筋に冷たいものが走る。


以前のリリアーナは、変態ではあったが、生命力に満ち溢れていた。今の彼女は、宝石のように美しいが、どこか「空っぽ」で、触れれば壊れてしまいそうなほど、普通の、あまりにも普通な「令嬢」になってしまったのだ。


そこへ、新レギュラーのフェリクスが、眼鏡を光らせながら入室してきた。


彼はリリアーナの様子を数秒間観察し、手元の計算尺を叩く。


「……異常ですね。……熱量消費率が以前の24%まで低下。……会話アルゴリズムから『バルク』『パンプ』『アナボリック』の単語が完全に消失。……アレン殿下、カシアン殿。……残念ながら、現在目の前にいる彼女は、『おっさん成分』が0.01%以下まで希釈された、純度100%の虚弱令嬢です」


「おっさん……成分だと?」


お兄様が聞き返すが、フェリクスは無視してリリアーナに詰め寄った。


「リリアーナ様。貴女に問います。……この計算式を見て、どう感じますか?」


フェリクスが差し出したのは、彼女自身が作った『愛の積分公式』だった。


リリアーナはそれを一瞥し、困ったように微笑んだ。


「……あら、フェリクス様。……難しい数式ですわね。……私、算数は苦手なんですの。……それより、後で一緒に……お花摘みにでも行きませんこと?」


フェリクスは、確信した。


この女は、偽物だ。中身が入れ替わったわけではない。


コア」となるエンジンの火が、消えている。


「(……面白い。……愛だの筋肉だのと言っていたあの『異常な計算速度』こそが、彼女の本質。……今の彼女は、バグを取り除きすぎて動かなくなった、ただの『綺麗なコード』だ……)」


フェリクスは冷徹に、しかしどこか楽しげに宣言した。


「……リリアーナ様。……貴女のその『猫を被った沈黙』。……私が数式で、すべて暴いて差し上げますよ」


マンネリの象徴だった「筋肉ライフ」が崩壊し、物語はリリアーナの「正体」を巡る、知的な暴き合いへと変貌していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ