筋肉の副産物。……世界を救ったのは、私の「鑑賞環境」へのこだわりでした。
ベルシュタイン家の領地、および王都。この国の生活水準は、周辺諸国と比べても異常なほど高い。
清潔な肌、輝く髪、不快な臭いのない街角、そして伝説の武具よりも鋭く硬い金属製品。
人々はそれを「神の恩寵」と呼ぶが、その正体は、数年前のリリアーナの**「極私的なこだわり」**の残骸に過ぎない。
1. 美容と清潔感:すべては「カット」を際立たせるため
かつてリリアーナは、騎士たちのトレーニングを見て顔を顰めた。
「……ふにゃ。……肌がカサカサで、筋繊維の細かいカット(溝)が見えませんわ。……それに、その獣のような体臭。……それでは筋肉の芸術性が台なしですわ」
そこで彼女は、魔導化学を駆使して現代レベルの**「高保湿ローション」と「強力な消臭制汗剤」**を開発した。
「筋肉をテカらせる前に、まずはキャンバス(肌)を清潔に」――。
彼女が興味を失い、家の魔導師にポイと投げ渡したその処方箋は、今や全女性が渇望する「至高の化粧品」として、王国の基幹産業となっている。
2. 超硬合金:すべては「負荷」を増やすため
「……ふにゃぁ。……この国の鉄は柔らかすぎますわ。……ダンベルを1トンにしようとしたら、鉄の密度が足りなくて大きくなりすぎます。……もっと重く、もっと硬い、超高密度の合金が必要ですわ」
そうしてリリアーナが「自分専用のトレーニング器具」を作るために合成したのが、現代の超硬合金をも凌ぐ新素材だった。
「これでようやく、片手で1トンの負荷がかけられますわ」
彼女が飽きて放置したその合金技術は、城の魔導師たちの手によって「折れない剣」「抜けない防具」へと転用され、王国の軍事力を一気に大陸最強へと押し上げた。
3. 栄光なき天才の無関心
今のリリアーナは、これら「現代文明の利器」に囲まれて暮らしながら、それらが自分の発明だという自覚がほとんどない。
「……お嬢様。……お嬢様が昔、プロテインを混ぜるために適当に作った『全自動高速旋回ミキサー』。……あれ、城の魔導師たちが解析して、『魔導式洗濯機』として全国に普及しましたわよ」
サーシャが報告しても、リリアーナは「……ふにゃ? ……ああ、あのアブラカタブラな機械ですか。……もう使っていませんから、好きにすれば良いですわ」と、プロテインの粉末を量るのに夢中だ。
「……お嬢様。……お嬢様が『おっさんの加齢臭を消したい』と作った芳香剤。……今や『聖女の吐息』という名で、一瓶、平民の年収ほどの値で取引されていますわ」
「……ふにゃ。……高く売れるのなら、プロテインの仕入れ資金に回してくださいな」
リリアーナにとって、化学は「筋肉という真理」に到達するための道具に過ぎない。
道具が完成し、目的を達成(あるいは飽きた)した瞬間、彼女はその栄光を惜しみなくゴミ箱、あるいは魔導師たちの手に放り投げる。
人々が豊かな暮らしを享受し、「リリアーナ様、文明の光をありがとう!」と祈る横で、彼女は今日も**「どうすれば、自律して勝手にスクワットを始めるズボンが作れるか」**という、極めて個人的で、世界にとってはどうでもいい(けれど後にまた革命を起こす)研究に没頭しているのだった。




