サキュバスの誘惑 vs 筋肉の理性。……現実は、もっと静かなものですわ
リリアーナが「虚弱美少女」として療養(?)している一方で、まだ勘違いの魔法が解けていない男たちがいた。
アレン王子と、リリアーナの兄である。
「リリアーナは、まだ戦っているんだ。……目に見えない邪悪な残滓と……!」
「ああ。僕たちも、彼女に相応しい精神力を身につけねば……!」
そんな二人の前に、リリアーナの屋敷で使用人として雇われたサキュバスのルルが現れた。
彼女は、リリアーナへの仕返しとして、この「熱苦しい守護者」二人を骨抜きにしてやろうと企んでいた。
「……ふふん。……いくらリリアーナに従っているからって、男なんてチョロいわ。……さあ、私の『淫靡な誘惑』で、蕩けさせてあげる……」
ルルは薄い衣を纏い、妖艶なポーズで二人に近づいた。
「……ねぇ、お二人さん。……少し、お疲れじゃないかしら? ……私が、最高に気持ちいいことを……して、あ・げ・る……♡」
吐息混じりの囁き。甘い香り。
普通の男なら一瞬で理性を飛ばすシチュエーションだが、二人の反応は異常だった。
「……っ!! きたぞ、アレン! この強烈な『精神的負荷』!!」
「……ああ! これこそリリアーナ様が仰っていた、自律神経を焼き切る『カタボリックな誘惑』!! ……負けるな、若旦那! 筋肉の理性で押し戻すんだ!!」
二人はルルを凝視したまま、突如としてその場で腕立て伏せを始めた。
「……ふんぬぅぅ!! ……あ、あんなにエロティックなポーズを見せつけられて……、……今、私の腹斜筋が、……未曾有の収縮を……!!」
「……だめだ、……視神経からの情報が、……欲情ではなく『闘争心』に変換される……!! 101、102……!!」
「……な、何なのよコイツら!! 誘惑してるのに、なんで汗だくで筋トレしてんのよ!!!!!」
ルルが絶叫する中、通りかかったサーシャが冷たく言い放った。
「……王子様。若旦那様。……いい加減になさい。……お嬢様は今、お箸も持てないほど普通の、か弱い女の子に戻って、お部屋で大人しくしてらっしゃいますわよ」
「「……えっ?」」
「……悪魔の残滓なんて、どこにもありませんわ。……お二人とも、……いい加減その『筋肉フィルター』を外して、現実をご覧なさいな。お嬢様は今、リンゴの一切れをフォークで刺すのにも苦労してらっしゃるのですから」
二人はピタリと動きを止めた。
「……リリアーナが、……普通の、か弱い美少女……?」
「……僕たちの守るべき、……繊細な……妹……?」
ようやく、二人の脳内に詰まっていたプロテインの霧が晴れた。
足元で必死にセクシーポーズを取っていたルルを、二人は「……なんだ、この変な格好をしたメイドは」という、ゴミを見るような目で見下ろした。
「……ご苦労だったな、ルル。……掃除に戻れ」
「……僕も、リリアーナにお見舞いの『一番軽い羽毛布団』を届けてくるよ」
「……私の、私のサキュバスとしてのプライドがぁぁぁ!! ふにゃにゃにゃにゃぁぁ!!」
こうして、リリアーナの「虚弱化作戦」により、周囲の狂気はようやく鎮火へと向かった。
……しかし、リリアーナの心の中の「おっさん」だけは、相変わらず「(……いつか箸を三膳同時に持てるバルクを……)」と、虎視眈々と復活の機会を狙っているのだった。




