聖女の休息、あるいは「ただの美少女」への回帰。
「……ふにゃぁ。……いけませんわ。このままでは私、人間ではなく『御神体』として祀り上げられてしまいます……」
屋敷のバルコニーから、自分に向かって祈りを捧げる群衆を見下ろし、リリアーナは戦慄していた。
特に、昨日サキュバスたちを返り討ちにした騎士団のパワー。鉄パイプを小枝のように曲げるあの剛力。
(……羨ましい。……喉から手が出るほど、あの『実戦的なバルク』が欲しいですわ……!)
リリアーナは決意した。まずは、自分自身が「ただの虚弱な美少女」であることを周囲に知らしめ、同時に一から体を鍛え直そうと。
しかし、現実は非情だった。
「……さあ、まずは基礎トレーニングですわ。……箸を、二膳……持ちますのよ……っ! ……くぅっ! お、重いですわ……!!」
リリアーナは震える手で二膳の箸を持とうとしたが、指先の筋力が足りず、カラン……と床に落としてしまった。
「お嬢様!? 大丈夫ですか!?」
駆け寄るサーシャ。リリアーナは額に汗を浮かべ、息を切らしている。
「……ふにゃ。……箸二膳の重量……。……今の私には、……エベレストのようですわ……」
「(……お嬢様。箸は一膳でも10グラム程度ですわよ……?)」
さらにリリアーナは、掃除をすることで広背筋を鍛えようと、手ぬぐいを手に取った。
「……これを、……絞って、……拭く……。……ふぬぅぅぅ!! ……だ、だめですわ、手ぬぐいの繊維が……私の握力を、……吸い取っていきますわ……!!」
手ぬぐいを一回振っただけで、リリアーナは「はぁ、はぁ……」とその場に膝を突いてしまった。
その様子を、物陰から心配そうに見守る一同(父、母、国王、王妃)。
「……見てください、陛下。あんなに儚げに肩を震わせて……。……昨日の悪魔退治で、すべての魔力を使い果たしてしまったのね」
「……おお、リリアーナ。箸すら持てぬほどに身を削って、我らを守ってくれたのか……。……やはり彼女は、守ってやらねばならぬ可憐な少女なのだな」
お父様もお母様も、涙を拭いながら確信した。
**「リリアーナは、実はものすごく、か弱い女の子なんだ」**と。
リリアーナ本人は「(……ふにゃ。……握力3キロくらいかしら……。……これでは、プロテインの蓋を開けることすら、……死闘ですわ……)」と、自分のあまりの非力さに絶望していただけなのだが、周囲の目には「奇跡の代償を背負った、淑やかで尊い美少女」として映っていた。
こうして、国中に「聖女リリアーナ様は、実は風が吹けば飛んでしまうほど繊細な令嬢である」という噂が広まり、ようやく彼女は「物理的な恐怖」から解放され、普通の美少女としての地位を取り戻したのである。




