第8話 耳長人の相手は耳長人に任せた方がいい
エルウィンが泣き止む頃には、太陽がさらに高くなっていた。
俺は焚き火に火を点け、グローが水を汲みに行く。
腸詰を取り出して鍋を吊るしかけた時、遠くから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「帰って来たか」
「思ったより早かったな」
エルウィンの方を振り返ると、案の定、弓を構えて戦闘態勢に入っていた。
「敵じゃない。分かるか?敵じゃない、仲間だ」
「敵……、じゃない……?」
オウム返しするが、いまいち分かっていない様子だ。
俺は荷物と一緒に置いていた剣を指差した。
「な?武器は置いてる。戦いにはならない。エルウィンも弓を置け」
弓と俺を交互に見た後、エルウィンはゆっくりと弓を下ろし、短剣と一緒に俺の剣の隣に置いた。
「戻りましたー!」
ピュートが手を振りながら声を張り上げた。
馬は2頭。軽装ながら防具を着けた兵士が2人いる。
「貴殿がガル殿ですか」
翡翠色のマントを翻しながら、片方の兵士が言った。
「ああ、俺がガルだ。こっちはバディのグロー」
「よろしゅう」
「今回はご連絡頂き、ありがとうございました。私は王国軍東方司令部所属のサリィンです。こちらは部下のコフィーヌ」
「お初にお目にかかります」
互いに握手を交わす。
サリィンの兜からは尖った耳と金髪が覗いていた。耳長人か、あるいは混血か。
「大まかな経緯はピュート殿から伺いました。矮鬼とは言え、魔王軍の残党。現在、討伐部隊を編制しております。皆様には安全な場所への退避をお願い致します」
俺は笑いそうになるのを堪えた。
「その話なんだがな……、非常に言いにくいんだが、全部倒しちまったんだ」
「……はい?」
見事なキョトン顔だった。
「話では100人規模の部隊と伺いましたが……」
「あぁ、ワシとガルで殲滅した。黒焦げの死体がここから程近い街道横の休憩所に。残りはあの神殿の中だ」
「街道途中で倒した奴も黒焦げの近くに置いてある。確認してくれ。部隊長はバズグルって言う黒醜人だ。そいつも神殿の中に放置してる」
「わ、分かりました……。コフィ、休憩所を確認してくれ。私は神殿をあたる」
「はっ」
「休憩所まではピュートが案内してくれ」
「承知しました!」
ピュートはコフィーヌに抱えられるように馬に乗せられ、再び街道へ向かった。
「本当にお2人で殲滅したのですか……?」
「疑うんだったら、神殿の中を見てくるといい」
「承知しました。……ところで、そちらの方は?」
サリィンがエルウィンを見た。
「あぁ、話すと長いんだが……」
俺はエルウィンを発見した経緯を簡潔に説明した。
隠し通路、石の寝台、1000年続いた魔法の結界。
「古代……、耳長人……!」
サリィンが思わず声を上げた。
「ところで、あんた耳長人だろ?」
「私は耳長人と人間の混血なんですが、どうも耳長人の血が濃く出ているようで」
「古代耳長人語は分かるか?俺達じゃ全く会話が出来ないんだ」
「古代耳長人語……、喋れはしませんが、簡単な文章なら多少書けます。王都の研究者であれば会話できるかもしれません」
「とりあえず、現状をエルウィンに教えてやってくれないか」
「というか、王国軍に保護してもらった方がよくないかの?王都なら会話できる相手もいるだろうし」
「確かに。その研究者も喜ぶだろうしな」
「そうですね。一度、東方司令部に報告し、軍に判断を仰いだ方が良いかと。それまでは我々が保護する形で」
軍ならエルウィンを悪いようにはしないはずだ。
言語学的にも考古学的にも、古代耳長人の存在は計り知れない価値があるはずだ。
サリィンはエルウィンの前に進み出て、紙に何かを書き始めた。
エルウィンはその文字を見た瞬間、目を見開いた。
古代耳長人語が通じたらしい。
2人の間で、紙とペンを使った無言のやり取りが続く。
エルウィンは文字を見た瞬間から目が離せない様子で、震える手で何かを書き返していた。
サリィンの表情も次第に真剣なものに変わっていく。
どんな言葉が交わされているのか、俺には分からない。
ただ、1000年分の問いと答えが、あの紙の上にあるのだろうとは思った。
その様子を眺めながら、俺はグローに小声で言った。
「なんか、俺らもう要らなくないか」
「いや、腸詰を煮る役目がある」
「それだけかよ」
まぁ、いいか。
俺は腸詰を鍋に放り込んだ。
そのタイミングで、エルウィンの腹の虫が再び鳴った。
サリィンが筆談の手を止め、こちらを見た。
「お昼ですか?」
「ああ、エルウィンが腹減ってるみたいで」
「ちょっと待って下さい!」
サリィンが急に大きな声を出した。
「どうしたんだ?」
「エルウィン殿は1000年も眠っていたのですよね?」
「恐らくな」
「久々の食事は柔らかく、消化にいいものにしないといけません!急に固形物を摂取すると、最悪、死にますよ!」
俺とグローは顔を見合わせた。
腸詰を食べさせる気満々だった。
「そうなのか?知ってたか、ガル」
「……知らなかった」
危なかった。




