第4話 泣けない奴の為に泣くのは優しさじゃない
松明を手に、バズグルの部屋へ向かう。
グローが礼拝堂に入ってきたのは、俺が残りの矮鬼にとどめを刺し終えた直後だった。
「なんじゃい、全部終わっとるじゃないか」
「これくらいはサクッと終わる」
「リーダーは此奴か」
グローはバズグルの死体の頭をコツコツと蹴った。
「魔王軍の百人長だとよ。黒醜人の癖に矮鬼の隊長なんて、間抜けにも程があるぜ」
「腐っても魔王軍残党の士官だ。王国から報奨金が出るぞい」
「金額はあんまり期待できないけどな」
「貴重な追加報酬だ」
グローは死体を一つ一つ確認するようにして、礼拝堂を歩き回る。
「こいつらの装備、売っぱらってもいいのか?」
「王国軍の管理下になるはずだで。下手に売ったら捕まるぞい」
「こんだけあるから結構な金額になるのにな……クソ」
「報奨金に含まれるはずだからの、そう言うな。ピュートはどれくらいで戻る?」
「明日の昼には王国軍を連れて戻ってくるだろう。それまでは待機だ」
「気長に待つかの。ワシは礼拝堂を見て回るわ」
「頼む。何もないだろうが、隠し通路があったりしてな」
後ろ手に手を振りながら、俺は礼拝堂を後にした。
†
松明の光で初めて分かったが、通路に敷き詰められた御影石は、綺麗に磨かれた表面が炎の光を微かに反射している。
かなり金の掛かった神殿だ。
バズグルたちが使っていたと思しき部屋は、開け放たれたドアの向こうにあった。
覗き込んで、一言。
「臭ぇーし、汚ねー……」
食べかすや骨が床に散らばり、正体不明の汚れた布切れが壁際に山積みになっている。
礼拝堂も大概だったが、ここはそれを上回る惨状だ。
溜息を吐きながらズカズカと中へ入り、使えるものがないかを確認していく。
部屋の左手奥に、もう一つドアがあった。
開けた瞬間、饐えた臭いが漂ってきた。
「……なるほど」
俺は低く呟いた。
この臭いには覚えがある。
日光も新鮮な空気も届かない密室特有の、澱んだ臭いだ。
松明を掲げて中を照らすと、狭い部屋の隅に鎖が打ち込まれていた。
錆びた鎖の先には、何もない。
床には、引き摺った跡が残っている。
散らばった骨が、雄弁に語っていた。
ここに繋がれていた者は、食い物が底をついた時に解体され、食糧にされた。
部屋の入口で止まったまま、俺はしばらく動けなかった。
助けに来るのが、遅かった。
矮鬼を見逃したのは昼間の話だ。それから一晩も経っていない。
分かっている、どうしようもない話だ。
それでも、鎖の打ち込まれた壁をぼんやりと眺めていると、胸の奥に重いものが溜まっていく。
気を取り直して部屋の中を照らした時、床に散らばった骨の中に金属の光を見つけた。
屈んで拾い上げると、手のひらに収まったのは認識票だった。
冒険者が首に下げる、名前と所属ギルドの刻まれた金属板だ。
2枚1組でチェーンに通すのが決まりで、死亡した際には1枚を遺体に残し、もう1枚をギルドへ持ち帰る。死亡届の代わりだ。
骨の間をゆっくりと探ると、チェーンごと出てきたものが3組あった。
つまり、ここには少なくとも3人が繋がれていた。
松明の光に翳して、刻まれた名前を確認する。
全員、別々の名前だ。
こいつらは俺と同じ稼業だった。
俺は各チェーンから1枚ずつ外し、残りの1枚を遺体の傍に戻そうとして——手が止まった。
傍に置くべき遺体が、ない。
骨すら噛み砕かれて、誰がどこにいたのかも分からない。
散らばった骨の欠片を見回しても、どれが誰のものかを判別する術がなかった。
俺はしばらくその場に立ったまま、手の中の認識票を見つめた。
結局、3組全枚数を上着のポケットに押し込む。
ギルドに事情を説明すればいい。向こうも、こういう状況が初めてではないはずだ。
それくらいしか、今の俺には出来ることがない。
俺は苦々しく舌打ちをして、部屋を出た。
「おーい、ガル!」
そのタイミングで、グローの馬鹿デカい声が通路に響き渡った。
助かった、と思った。
「なんだよ」
礼拝堂へ戻ると、グローは右奥の壁を手のひらで撫でるようにして触っていた。
「ここだ」
「何が?」
「この壁の向こうに空洞がある」
俺はグローの言う壁をコンコンとノックする。
他の壁も叩いてみたが、どこも同じ音で、空洞があるようには到底思えない。
「普通の壁だろ?」
「人が一人通れるくらいの空洞が、この壁の8メートル先から始まっている」
「……8メートル先?」
馬鹿を言うな。
壁を叩いただけで8メートル先の空洞が分かるものか。
「それだけじゃない。その空洞、恐らくは通路だが、混凝土を混ぜて塞いだ跡がある。化粧石の向こうだけ、地質が違うんだ」
「……隠し通路?」
「みたいだの」
本当に隠し通路があるとは。
グローはどことなくウキウキしているように見える。
鉱矮人の性か、と思ったところで——待て。
「まさか、8メートルも混凝土を掘るつもりか……?」
グローの表情から答えを察した俺は、頭を抱えた。
「なに、ワシに掛かれば一瞬だ」
満面の笑みだった。




