第3話 策もなしに戦場で喋るもんじゃない
矮鬼の巣というのは、たいていが浅い洞窟か廃屋だ。
だがここは違った。
真っ暗な通路の両壁には、綺麗に切り出された御影石が敷き詰められている。
天井は高く、遠くに点々と並ぶ松明の灯りが、その奥行きをぼんやりと示していた。
「こいつは予想外だな……」
俺は呟きながら、松明を使わずに暗闇の中を進む。
夜の住人である矮鬼との戦闘で、下手に灯りを使えばそれを失った時のリスクが大きすぎる。
暗闇に目を馴らし、全神経を集中させて気配を探りながら、足音を殺して石畳を踏む。
どう見ても、かつては神殿か何かだったのだろう。
この規模となると、それなりの力を持った都市国家が背後にあったはずだ。
まぁ、今はただの矮鬼の巣だが。
通路の壁にドアが現れた所で、俺は足を止めた。
隙間から漏れる気配に、殺気が滲んでいる。リーダー格がここにいるのは間違いない。
「後回しだ」
静かに通路を進む。突き当たりに大きな扉が見えた。片方だけ開け放たれている。
中を伺うと、整った装備の矮鬼が20匹以上、礼拝堂の中央に固まっていた。
王国軍の正規品と見紛う装備だ。昼間に感じた違和感の答えがここにある。
俺は雑嚢から手のひら大の黒い球を3つと、特殊な保護口当を取り出す。
導火線に火を点け、吸気口の布を確認してから装着した。
力任せに、開け放たれた扉を閉じた。
轟音が礼拝堂に響き渡る。矮鬼どもの視線が一斉にこちらを向いた。
「そうだ、俺の方を見ろ」
黒い球を3つ、礼拝堂の奥へ放り込む。耳と目を塞ぐ。
直後、閃光が弾け——白い煙が礼拝堂を一瞬で飲み込んだ。
毒草から精製した痺れ薬を混ぜた煙幕だ。一呼吸で筋肉が痙攣する。
俺の保護口当には解毒薬を染み込ませた布が詰まっているので問題ない。
目を見開いたまま倒れ、四肢を痙攣させている矮鬼に近付く。
抱えていた槍を拝借し、俺は黙々と作業を始めた。
「早く済ませるか……」
扉の向こうから複数の足音が近づいていた。その中の一つが、やけにデカい。
俺は手を止めずに槍を動かし続ける。1匹、2匹、また1匹。
18匹目を処理した時、礼拝堂の両扉が勢いよく開いた。
4匹の矮鬼を従えた、一際大きな体躯が入ってくる。
全身が獣の毛に覆われているように見えた。
「珍しい、毛矮鬼か」
「あ?誰が毛矮鬼だって?」
地鳴りに似た低い声が礼拝堂に反響する。
「お前さんだよ」
「冗談じゃねーぞ。俺様をあんな低能な種族と一緒にするな」
「毛矮鬼じゃないのか?毛皮着てるだけか?——なーんだ、追加報酬が付くと思ったのに」
「舐めてんじゃねーぞ、貧弱な人間人間の分際で。俺様は魔王軍の百人長、黒醜人のバズグルだ!」
「百人長……ップハハハ!」
思わず吹き出してしまった。
バズグルは全身を震わせ、鼻息を荒くする。それだけで周囲の空気が揺れた。体格だけは本物だ。
「悪い悪い、笑うつもりはなかったんだが。ただ、矮鬼の雑兵100人の長で、そんなに偉そうにされると、ギャグかと思っちまってな」
笑いながら俺は投げ小剣を両手に2本ずつ構える。
バズグルの視線が俺の顔に向いたまま、動かない。
「黙れ!俺様はいずれ魔王軍の将軍になるんだ!」
「あぁ、そうかい」
手首のスナップだけで4本を放った。
バズグルの周りにいた矮鬼4匹が、声もなく崩れ落ちる。
頸動脈を正確に貫いた4投だ。
「なっ——!?」
バズグルが視線を落とした瞬間、俺は既に動いていた。
床に転がった矮鬼の腰から剣を引き抜き、大きく踏み込む。
「バズグル百人長、お前は将軍になれやしない。頭が悪い上に、こんなに近くにいる俺の動きをまるで把握できていない」
「貴様——!」
「ここはもう戦場だ。策もなしに戦場で無駄口を叩く奴は死ぬだけだ」
バズグルが巨大な鉈を振り上げた。
しかしその鉈は、しっかり握られていたはずの手からスッポリと抜け、後方の遥か彼方へ飛んでいった。
「何っ!?」
バズグルが自分の手を見る。
その瞬間、ガクリと脚から崩れ落ちた。
床に両膝をついた大きな図体が、何が起きたのか分からずに目を白黒させている。
「自分の脚が斬られたのにも気付かないのか……」
血の付いた剣を捨てる。
鉈に気を取られている隙に、バズグルの両内腿を深く斬っておいたのだ。
内腿の大血管を断てば、どんな大男でも立てなくなる。
「クソ……人間の分際で……!」
「教えてやろう。何故鉈が飛んで行ったのか——煙幕の痺れ薬の効果が残っていたんだ。扉を開けた時点で濃度は薄くなっていたが、握力を失わせるには充分だった。中にいた奴らが俺に簡単に殺された意味、今なら分かるか?」
倒れた矮鬼の首から投げ小剣を回収しながら、俺はゆっくりとバズグルに近付く。
「この俺様が……人間の斥候なんぞに……!」
またも吹き出してしまった。
「確かに俺は斥候だ。だがな——俺は斥候であり前衛であり、総司令部なんだよ」
矮鬼から拝借した剣を、バズグルの喉に突き立てた。
礼拝堂に静寂が戻る。
煙幕はまだ薄く漂っていた。
残りの5匹にとどめを刺して回り、俺は汗を拭いながら立ち上がった。
思ったより疲れた。雑兵の数が多かった。
「さて、後は部屋の確認だな……」
松明を手に取り、俺は礼拝堂を後にした。




