第2話 当たり依頼のようだ
荷馬車の荷台というのは、慣れた者には最高の寝床だ。
揺れのリズムが心地よく、いつの間にか眠りに落ちる。
ワシは今まさにそういう状態で、最後尾の荷台に背を預け、揺られながら目を細めていた。
いい依頼を拾った、とワシは思う。
移動中の食費はクライアント持ち。
護衛対象は素直で話の分かる圃矮人。
おまけに道中の飯が腸詰と来た。
腸詰というのは旅の食い物じゃない、本来は。
ミンチ肉に香辛料を詰めて燻製にしたものだが、香辛料が高い。
ワシですら滅多に口にできない代物だ。
それを「道中の昼飯」として当然のように出してきた時は、正直驚いた。
さらに、あのコッフェとかいう黒い液体も中々だ。
南の豆を煎って粉にしてお湯を注ぐ——なんとも手間のかかる代物だが、あの苦味と香りはワシの好みだった。
ミルクも砂糖も要らん。あのまま飲むのが一番旨い。
ガルは「市場展開したら絶対売れる」と言っていたが、ワシも同感だ。
代表のピュートという圃矮人もなかなか面白い奴だった。
ワシらが腸詰やコッフェについて好き勝手言う端から、全部メモしていた。
客の反応を逃さない。いい商売人の目をしている。
顔合わせの時も、ワシがギルドの受付の付き添いを断って直接乗り込んだ事を、笑顔のまま「契約違反ではないですか」とやんわり釘を刺してきた。
正論だ。あの時のガルの「確かにそうだな、申し訳ない」という素直な謝り方も珍しかったが、それだけピュートの言い方が上手かったのだろう。
商売人というのは、怒鳴らずに相手を動かす術を心得ている。
——そんな事を考えている内に、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
気づけば、辺りはすっかり暗くなっていた。
†
夜の街道というのは、昼間とは全くの別物だ。
日光の届かぬ森の中では、闇そのものが生き物のように息をしている。
ワシはそれをよく知っている。170年も生きていれば、嫌でも知ることになる。
今、ワシは野営地を見下ろせる大木の上に陣取っていた。
眼下には三台の荷馬車が円陣を組み、中央の焚き火がぱちぱちと爆ぜている。
ピュートたち商団の連中は、テントの中で静かに眠りについているように見えた。
そう、「見えた」だけの話だがな。
森の暗がりに、赤い眼が幾つも光り始めたのはそれからすぐのことだ。
茂みの向こうで矮鬼どもが蠢く気配。昼間に逃がした顎砕きが、仲間を引き連れて戻ってきたというわけだ。
数を数える。十……二十……五十は下らんな。
装備も揃っている。王国軍の正規品と見紛う歩兵槍まで持ち出してきおった。
「ギ、ギギッ!」
隊長格らしき一匹が湿った合図を漏らした。
それを受けて矮鬼どもが一斉に茂みを飛び出す。
さて、ここからだ。
種を明かせば単純な話だ。
ピュートの商団が持っていた「周りの風景を映し出す水晶」——これを使って野営地全体を偽装し、本物の荷馬車とテントをとっくに安全な場所へ移してある。
矮鬼どもが今見ているのは、現実から数メートルずれた場所に投影された虚像に過ぎん。
中央に置いてあるのは、水晶が一つだけだ。
ワシはその一部始終を、木の上から眺めていた。
矮鬼どもがテントへ槍を突き立てた瞬間、何もない空き地が現れる。
連中がキョロキョロと辺りを見渡す様は、なかなか滑稽だった。
「——ここまで上手くいくと笑いも出んの」
ワシは木から飛び降り、矮鬼どもの前に降り立った。
五十匹以上の赤い眼が、一斉にワシを向く。
構わん。
「主ら、ここで終わりだ」
ワシは片膝をつき、無造作に地面へ手のひらを押し当てた。
練り上げた魔力を、一気に足元の土へと流し込む。
鉱矮人の魔法は理屈じゃない。地を読み、地を操る。それがワシらの本領だ。
「墜ちろ」
轟音と共に、矮鬼どもの足元が内側から砕けた。
地下五メートルまでの土を一瞬で消し飛ばす。
五十余匹は抗う術もなく、巨大な穴の底へと折り重なって墜ちていった。
穴の壁面には既に石化の魔法を仕込んである。爪を立てようが槍を突こうが、這い上がることは出来ん。
そして底には、商団から仕入れておいた灯油をたっぷりと撒いてある。
矮鬼どもが気づき始めた頃には、もう遅い。
「そろそろ良いかの」
ワシは灯していた松明を、奈落の底へと無造作に放り投げた。
爆炎が夜の底を焼き払い、断末魔の叫びが森に響き渡る。
ワシはそれを完全に無視した。
これが仕事だ。綺麗事も、慈悲もありはしない。
焼け焦げる臭いを背に、ワシは静かに歩き出す。
ガルの奴、今頃どうしておるか。
昼間の話では、逃がした矮鬼を追って巣の奥へ潜り込んでいるはずだ。
……しかし、あの歩兵槍。あれだけの正規装備、矮鬼どもが自力で揃えられる代物ではない。
巣の奥に何かおる。
夜の森に立ち昇る火柱を背に、ワシは足を速めた。




