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魔王が死んでも、世界は思ったより平和じゃない  作者: Soh.Su-K
第1章 3節 軍令:調査依頼編

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第39話 養って?

「それで、この人は誰なの?」


 セリファが床掃除をしながら俺に聞いてくる。

 俺とグローは、大将が焼いてくれたステーキを頬張っていた。


「あ?あぁ、エルウィンだ。ほら、矮鬼(ゴブリン)の部隊を殲滅した時の話したろ?あの穴の先にいた、眠れる美女だよ」


「この人が!?」


「改めまして、私はエルウィン。ガルに助けられた古代耳長人(エルフ)の唯一の生き残りです」


 俺とグローの動きが止まった。

 エルウィンが何とも流暢に現代耳長人語を喋っている。


「お主!喋れるようになったのか!?」


「スゲーな!あれからまだ3ヶ月も経ってないだろ!?」


「研究所で翻訳の仕事を手伝っていたら、喋れるようになったの。現代耳長人語って簡単ね」


「ハハハ!古代耳長人語の方が圧倒的に難しいからのぉ!」


「しっかし、こんなに喋れるようになるなんて思ってもなかったぞ!そーだ、セリファ!エルウィンにもエールを!お代は俺が持つ!」


 セリファは溜息を吐きながら箒を片付け、厨房へ向かった。


「エルウィン、エールを飲んだことはあるか?」


「エール?」


「知らんか。酒だ、酒」


「お酒自体、飲んだことないわ。慣わしで、女は酒を飲んではいけなかったから」


「難儀な慣わしだのぉ」


「って事は、酒自体が初めてか!」


「大丈夫なの?そんな人にエールなんて飲ませて……」


 セリファが樽ジョッキでエールを持って来た。


「これが、エール……」


 ジョッキを両手で持ち、泡を眺めるエルウィン。


「何だか、フルーツみたいな香りね」


「この辺りで作られるエールはフルーティーで少し甘めだ。とりあえず、一口飲んでみろ」


「うん……」


 エルウィンは思い切ってエールを一口。


「!?!?」


 目を白黒させている。

 ゴクリと飲み込んで、見開いた目で俺の方を見る。


「何これ……!」


「どうだ?美味いか?」


「不思議な味……!こんなの飲んだ事ない!」


「そりゃそうじゃろ。今のエールの製法が確立して、せいぜい500年も経っておらん。古代耳長人は飲んだ事ないはずだ」


「甘味の奥に、ほんのりと苦みがある……。美味しい……」


「ガハハ!そいつは良かった!」


「エルウィン、腹は減ってるか?大将に何か作ってもらおう!」


「アンタ達、ウチはまだ開店してないんだけど……」


「いいじゃないか、なぁ大将!」


 俺に呼ばれて大将が厨房から顔を出した。


「しゃーないだろ、セリファ。ウチのお得意さんだ、多少融通を効かせてやらんとな」


「ホント、ガルには甘いんだから……」


「セリファも座れって!」


「これから仕事なんだから、お酒飲まないわよ!?」


 そうして、結局は4人での飲み食いが始まった。


†


「結局、エルウィンはなんでこの街に来たんだ?」


 大将の店の営業時間が始まり、夜も更けてきた。

 しこたまエールを飲んだグローは空のジョッキを片手に、既にいびきをかいている。


「ガルに会いに来たのよ?」


 エルウィンの白磁の様な肌は、酒の影響で桜色に染まっている。

 エールを2杯飲んだ後は、葡萄酒の水割りを好んで飲んでいる。

 何でも、幼い時に飲んだ村の葡萄ジュースに味が似ているらしい。


「俺に?」


「なんかあったら俺を尋ねろって言ったのはガルよ?」


 俺はチーズを齧りながらエールを飲む。


「まぁそうだが、王都での仕事はどうした?」


「辞めた」


「ふーん……」


 再びチーズを齧りながら返事をした。

 いや待て、今『辞めた』と言ったか?


「はぁ!?」


 いかん、酒のせいで反応速度が遅くなっている。


「辞めたって、研究所を辞めたのか……?」


「ええ、そうよ?それ以外に何があるの?」


「いやいや待て!だとしたら、アンタこれからどうやって生きていくんだよ!」


「だから、ガルの所に来たんでしょ?」


「……はい?」


 唐突過ぎて理解が追い付かない。

 酒のせいもあるのだろうか。

 それ以上に、嫌な予感しかない。

 エルウィンは酒で火照った顔を俺に向け、芸術的な笑顔で言い放った。


「ガル、私を養って」


 俺は思わず頭を抱えた。

 エルウィンが言うには、研究所でやる事がなくなったのが一番の原因らしい。

 古代耳長人文字の解読も既にほぼ済んでおり、エルウィンの記憶も断片的で、研究には使えないと判断されたという。


「1ヶ月もすると、私が思い出せる過去の事も底を突いてしまって。段々居場所がなくなっちゃったの」


 何ともあっけらかんと言うエルウィン。

 しかし、本当は不安で仕方なかったのではないか?

 頼れる相手もいない現代で、唯一の居場所として与えられた研究所でも、結局は居場所がなくなった訳だ。


「まぁ、状況は分かった。とりあえず、王都に戻って研究所の退所手続きをしないと、向こうにも迷惑が掛かるだろ」


「もう済ませてるわ」


「はぁ?」


「だから、もう研究所は退所してるの。退所しないと外に出れないんだもん」


「おいおい、じゃあマジで俺だけを頼りに来たのか!?」


「そうよ?何か変?」


「はぁ……」


 豪快なのか、向こう見ずなのか……。


「どうやって生きていく気なんだ……」


「だから、ガルに養ってもらおうと」


「それはどういう意味なんだよ……」


「結婚するという意味以外にないだろ」


 突然むくりと起き上がったグローがとんでもない事を言い出した。


「お前、起きてたのかよ」


「今起きた。エールもう1杯!」


「まだ飲むのか……」


「それより、良いではないか、結婚すれば」


「話が飛躍し過ぎだ」


「結婚かぁ、それもいいわね」


「よかねーよ!」


「何?私じゃ不満なの?」


 エルウィンがジリリとにじり寄って来る。

 近付かれると、余計にエルウィンの美しさが分かる。

 透き通るような白い肌はキメが細かく、何処となく輝いて見える。

 まるで宗教画に出てくる天使の様な神々しささえ感じる。


「ちょっと待て、それも(・)ってどういう事だ?」


 俺はエルウィンから距離を取りながら、気になった台詞を問いただす。


「私も冒険者になりたい!」


「は?」


「ガハハ!」


「私をガルの仲間に入れて欲しいの!」


 キラキラと目を輝かせるエルウィンと、エールを飲みながら大笑いしているグローに挟まれ、俺は頭を抱えるしかなかった。

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