第38話 やはりエールは旨い
「しかしあの話、どうするつもりなのかのぉ」
街へ帰る荷馬車の中、グローが呟いた。
上将軍との謁見は、結局1時間程で終了した。
軍司令本部の移転、西方の九龍会。
「あの話って?」
「移転の話だ。丸々移転させるには、まずは拠点が出来上がらねば無理だ。だが、あの規模となると、優に10年以上掛かる。それで間に合うのかのぉ」
「間に合わんだろ。九龍会の内部抗争なんて、掛かったとしても数年で片が付く。何をそんなに恐れてるのか……」
「そうだのぉ。たかがヤクザの抗争だ。軍がその気になれば簡単に鎮圧出来るだろうに……」
九龍会は確かにデカい組織だ。
西方全土と、南北の一部までその勢力下に置いているが、所詮は犯罪者組織。
軍がその気になれば幾らでも骨抜きに出来るはずだ。
懸念材料になる程ではない。
「しかし、ガルは何故その九龍会なるものを知っておったのだ?」
「あ?」
「東方では全く聞いた事がない」
「まぁ、賞金稼ぎになる前は色々と歩き回ってたからな」
「フム……」
グローが酒瓶を煽る。
「お主が東方に住み着いた理由はなんだ?」
「何?」
「放浪しておったのだろ?だったら、何処に住み着いても良かったのではないか?」
「あぁ、そりゃ大将だよ」
「ん?」
大将は昔、西方司令部の憲兵だった。
スラムで盗みをしていた俺は、幾度となく大将にとっ捕まって、長い説教を受けたもんだ。
そんな大将が引退して、ふるさとの東方の街に店を作ると聞いた。
だから俺は、大将の店があるあの街に住み着いたのだ。
今の俺にとっては、大将だけが肉親の様なものだから。
「ほぉ~、なるほどの」
「賞金稼ぎになったのも、大将の助言だ。俺は軍には入れない。せめて剣の腕を使って人の役に立つ事しろってな」
「よい助言だのぉ」
「すぐに飯が食えるようになったわけじゃねー。金のない駆け出しの時はタダで飯を食わせてもらったもんだ」
「あの大将らしいのぉ」
「言っとくが、その時のツケは全部返し終わってるぞ」
「ガハハ、お主は真面目だからの」
「誰が真面目だよ」
グローがガハハと笑う。
まぁ、軍がどうしようが関係ない。
とりあえず、かなりの報酬が貰えたのでホクホクだ。
怪我人の俺にとってはありがたい。
「ガル殿」
コフィーヌが俺を呼ぶ。
「何だ?」
「また、お時間がある時で良いので、稽古をお願いできますか?」
「お?まぁ、いいが、サリィンはどうする?」
「出来れば私もお願いします。勿論、謝礼を……」
「いいって、お前ら2人ならタダで良い」
こんだけ仲良くなったんだ、金を貰うなんて野暮にも程がある。
「グローも手伝ってくれるからな」
「何!?」
「当たり前だろ?元はお前が言い出したんだ、責任持て」
「チッ……、次はタイマンだからの!」
「はい!」
そんなこんなで、街までの帰路は退屈しなかった。
†
約1ヶ月振りの街は、特に何も変化していなかった。
着いたのは昼過ぎ、ちょうど腹も減ったので大将の店へ向かう事にする。
まだ開いていないだろうが、大将は居る筈だ。
何か簡単に作ってもらおう。
肉がいいな。
何だかんだで焼いた肉は食べていなかったからだ。
野生動物の肉は基本的にスープなどに入れる。
独特の臭みがあるからだ。
報酬の量も十二分にある。
高いステーキでも焼いてもらおう。
「大将ぉ~、いるか?」
俺が店の裏口から厨房へ入る。
「ガル!帰って来たか!」
大将が嬉しそうに奥から出てきた。
「おう、今帰った。それで頼みたいんだが……」
「ガル、お前を探しに来てた耳長人がいたぞ」
「あ?」
話の腰を折られた。
俺に尋ね人だ?
「耳長人?」
「あぁ、人形かと思うくらいに綺麗な耳長人だ。知り合いか?」
「誰だ?」
全く思い当たる節がない。
「お前が帰って来るまでの間、セリファが面倒見てくれてる筈だ」
「おはようございま~す」
噂をすればと言う奴だ。
セリファが出勤してきた。
「おう、セリファ」
「ガル!いつ帰って来てたのよ!」
「ついさっきだ。で、俺に来客って……」
「ちょっと待ってて、呼んで来る!」
すぐにセリファが店を飛び出していった。
「忙しいエルフだのぉ」
入れ替わる様にグローも店に来た。
「そうだ、大将。俺とグローにステーキ焼いてくれ」
「おぉ、いいのぉ、ステーキ!エールも頼むわい!」
「お前らなぁ、まだ開店時間じゃねーってのに……。まぁいい、ちょっと待ってな」
グローがカウンター席に腰掛け、俺は勝手に樽ジョッキを2つ取り、エールをなみなみと注ぐ。
「んじゃ、依頼お疲れさんって事で」
乾杯してエールを身体に流し込む。
旨い。
文句なしに美味い。
「あ~、最高」
テーブルにジョッキを置いた瞬間、店のドアが勢いよく開け放たれた。
「ガル!」
その声を聞いて、ハッと思い出した。
銀糸を束ねた様な腰まで届く長い銀髪が、外光を浴びてサラリと揺れる。
白磁を思わせる肌、薄紅色の唇、長い睫毛に縁取られた澄み切った瞳。
まるで人形師が魂を込めて彫り上げた一品が動き出したかのようだ。
息を呑む程の美貌の耳長人——いや、彼女が、そこに立っていた。
「エルウィン……」
名前を呼ぶ前に、エルウィンはタックルの様に俺に抱き付いてきた。




