第37話 面倒くさい話だ
「うむ、ご苦労だったな諸君」
ここは王都の中枢区内、中央司令部の中でも更に中枢——軍司令本部の上将軍執務室。
簡素な室内に、書類の山積みになった大きな机が一つ。
大きなソファとテーブルに案内され、俺達は腰掛けた。
「報告を頼む」
「はい、まずこちらを」
サリィンが調査報告書を手渡した。
「ん?これだけか?」
「いえ、他にも調査地点ごとのデータや、地質を書き込んだ地図もありますが、今ご覧になられますか?」
「あぁ、私が受け取ろう。全てに目を通した後、担当部署に回しておく」
サリィンが入口近くに固めて置いてある大きな荷物を指差した。
あまりの量に、台車を借りたくらいの量だ。
これに目を通すだと?
このオッサン、どんだけ暇なんだ?
「はっはっは!ガル、ワシを暇人だと思ったな?」
心を読んだかのように、俺の考えを見抜く上将軍。
やっぱり只者ではない。
「いや、そういう訳では……」
「ワシは暇ではないが、目を通さんと気が済まんのだ。ところで、お主達の見解を聞きたい。あの場所に東方司令部を移動するのはいい案だと思うか?」
まるで少年の様に目を輝かせながら聞いてくる上将軍。
御前裁判での厳しい印象とはかなりの落差だ。
「俺はそう言うのは専門外だからな、グローはどう思う?」
「うむ……。1つ、問うても良いか?」
「あぁ、勿論」
「その前に、人払いを願う」
奇妙な事を言う。
部屋にいるのは俺達と上将軍、それに警護兼補佐官が2人。
補佐官を退出させろと言うのか?
「ちょっと待て、グロー。人払いの必要があるのか?」
「ある。そうだろ、上将軍殿?」
そう言われた上将軍は少し唸った後、重みのある笑いをする。
「うむ、そうするか。お前たちは下がれ。それと、外の警護官たちも下げさせろ」
「な!?しかし!」
「いいから下がれ。これは軍の中でも最重要機密事項だ」
「……、御意のままに……」
補佐官たちは不服そうに退室していった。
4人分の足音が遠ざかるのを確認すると、グローが口を開く。
「ここに、軍司令本部の機能が担える規模の地下基地を作るつもりか?」
その言葉に驚いた。
司令本部の機能を担えるだ?
「やはり、お主を出し抜くのは無理か」
「当たり前だ、ワシは鉱矮人だぞ。東方司令部の移転にしては、調べる地質深度が深すぎる」
グローが言うには、岩盤の調査にしては、あまりに深いところまで調べているらしい。
ただの東方司令部の移転ならば、せいぜい硬い岩盤まで。
今回の調査はその更に深くまで調べている。
「お主は王都が陥落する可能性を視野に入れておるな?上将軍閣下」
空気が凍り付いた。
王都陥落だと?
そんな事が有り得るのか?
「可能性としてはゼロではない。だから備える。それだけの事だ」
「フン、備えるだけならば、各方面司令部に分散させる案だってあっただろう?何故1カ所移転に絞った?」
確かに、グローの言う通りだ。
東西南北の司令部に機能を分散させるのが最も効率的だ。
これでは、東へ逃げている様に見える。
ん?東に逃げる……?
「上将軍さん、西に何か懸念があるのか?」
俺の言葉に、上将軍は一度目を見開き、その後目を細めた。
「グロー、お主の相棒は本当に頭がキレるのぉ。ワシの補佐官に欲しいくらいだ」
「冗談ではぐらかさないでくれ」
「冗談ではない。これは正式な提案だ」
「俺は軍人には向いていない。叩けば埃が出る冒険者だ。アンタが失脚したいのなら、補佐官になってやるよ」
隣であたふたとしているサリィンを横目に、上将軍相手に凄んでみる。
「はっはっは!そいつは困るな!」
上将軍はあっさりと躱す。
やはり、このオッサンは只者ではない。
「まぁ、お主のヘッドハントは置いておこう。ガル、何故『西に何か懸念がある』と思う?」
「いや……、まるで東に逃げたい様に見えるからだ……」
「いや、そうじゃない。お主の頭の中には既に、西の懸念の正体が浮かんでいるのではないか?」
このオッサン、本当に俺の考えている事を見通しているように喋りやがる。
「……、『九龍会』」
「クーロンカイ?」
グローやサリィンが首を傾げる。
知らなくても当然だ。
王国の東側に住んでいれば、絶対に耳にする事のない名前だ。
「王国の西方の裏社会を牛耳る巨大組織だ。簡単に言えばヤクザだ」
「ヤクザ……?」
「なーぜお主がそんな事を知っておる?」
グローが俺を見てくるが、今は無視しよう。
「何、風の噂で九龍会に動きがあるって聞いたからな」
「うむ、ガルの言う通り、九龍会で内部抗争が始まりそうなのだ」
「しかし、軍に何の影響がある?所詮、犯罪者達の喧嘩だぞ?」
「ただの喧嘩で済めばいいのだがな……」
上将軍は含みのある言い方をした。
嫌な想像が鎌首をもたげてきた。




