第36話 手札を増やせ
最後の手合わせを終え、皆でスープを啜っている時だった。
コフィーヌが申し訳なさそうな顔で、俺へ声を掛けた。
「なんだ?」
「東方司令部には、直轄の訓練所があるのですが……」
「断る」
コフィーヌの言葉を皆まで聞かずに俺は断った。
「最後まで聞いてください!」
「聞かなくても分かる。俺は教官なんてやらんぞ。俺なんかより、もっと適任はいる」
「しかし……」
「むしろ、俺やグローみたいな現役の冒険者じゃなくて、引退した冒険者を雇えばいいだろ?退役軍人だっている」
「それはそうですが……」
「俺みたいなのが教官になんてなったら、それこそクレームの嵐だ」
「はぁ……」
「ワシも嫌だの。出来る限り、王国軍とは関わりたくない」
「そんな……」
コフィーヌがガックリと肩を落とした。
「確かに、現在でも引退した冒険者や軍人が教官を務めていますが、我々もそこで訓練を受けています。しかし、ここまで実践的な稽古など、1度も受けていません」
「少尉の言う通りです。私達は訓練所で主席です。それでも、お2人には手も足も出なかった。今後、魔王軍残党の動きも活発になる可能性があります。その時の為にも、兵士の戦闘力を上げておきたいのです」
言いたい事は分かるし、実際に必要な事だろう。
「2人とも、良く聞け」
すると、グローが器を置いて話し始めた。
「お主等が伸ばすべき能力の最優先は剣ではない。まずは弓、次に槍だ。剣などの近接武器の練度など、最後に上げればよい」
「しかし!」
「黙って聞け。良いか?軍人と冒険者の戦い方は違う。冒険者は奇襲や闇討ち、罠などを使う。これは限られた人数で多くを倒すためだ」
「軍も奇襲などしますが?」
「それは例外だろうが。集団戦の基本は弓だ。矢を掻い潜った者を槍で、槍を掻い潜った者を剣で仕留める。殆どが槍までで片が付く。剣などほぼ使わん」
殆ど使わない剣の技術を上げた所で意味はないと言いたいのだろう。
戦は混戦すれば被害が大きくなる。
可能な限り遠距離の弓で仕留めるのが最善だ。
「戦いとは一方的に相手を蹂躙するのが最も良い。それは軍だろうが冒険者だろうが同じ。軍と冒険者の違いは、持ち得る手札の違いだ。弓で蹂躙出来るのであればそれが最良。わざわざ命の危険を冒して斬り合う必要などない」
そこまで言って、グローは再び器を手にした。
サリィンとコフィーヌは完全に落ち込んでいる。
はぁ、こんなんじゃ飯が不味くなるじゃないか……。
「まぁ、そう気を落とすな。今回の指南が完全に無駄だった訳じゃない。いつか使える日が来るかもしれないからな」
そう言って、サリィンとコフィーヌの器に、スープの具にしたウサギの肉を多めに入れてやる。
「手札を増やすことは悪い事じゃない。なぁ、グロー?」
「お?おお、それはそうだが……」
「とにかく疲れたろ。飯食って早く寝よう。明日からまた歩きだ」
2人から気のない返事が返って来る。
全く、説教もいいがフォローする俺の身にもなって欲しいもんだ。
†
翌々日の早朝、俺達は木こりの町を発った。
帰りは行きと違って、4人とも口数が少なかった。
1ヶ月の調査と稽古で疲れ切っていたのもあるし、グローの言葉がサリィンとコフィーヌに重くのしかかっているのも分かった。
坑道の中はやはり静かで、足音と荷馬車の車輪の音だけがやけに大きく響く。
「グロー、街に着いたら一杯やるか」
「お主が誘うとは珍しい」
「たまにはいいだろ」
「うむ、いいぞ」
サリィンとコフィーヌも誘うつもりだったが、軍属の2人は街に着いたらそのまま王都へ報告に行かなくてはならない。
俺とグローも同行するように言われている。
しかし、酒くらいは飲ませてもらわないと割に合わん。
無音の坑道を2日かけて抜け、街の灯が見えてきた時には全員ホッとしていた。
地上に出た瞬間の空気の柔らかさ、虫の声、風の音。
たったこれだけのものが、ここまで愛おしく感じるとは思わなかった。




