第35話 飯を不味くするのは辞めてくれ
「結局、同じ腕の振りで斬撃と突きのどちらも出せるようになればいい訳だ」
グローが作ったスープを食べながら、稽古の総評をする。
グローの奴、干し肉を多めに使いやがったな……。
明日はグローに狩りを任せよう。
「そんな事は可能なのでしょうか?」
「まぁ、無理な事が多い。だが大事なのは、相手の防御の選択肢を増やして迷わせる事だ」
俺は手刀で説明を始めた。
「サリィン、お前は袈裟に振った後、必ずそれと似た軌道で逆袈裟に斬ろうとする癖がある。数回見れば見切れる」
「はい……」
「袈裟斬りの後、剣を返さずにそのまま握り込んで突きを出す。それだけで防がれる確率は50%に下がる。脛を薙ぐ動きも混ぜれば33%だ」
「なるほど……
」
「コフィーヌは突きの発生時間を変えろ。その場で突くだけ、踏み込みと同時、踏み込んだ後。最低でも3種類は使い分けろ。狙う場所も頭、喉、胸、肩、鳩尾、腹、太腿、最低限これだけは突き分けられるようになれ」
「分かりました」
「頭に血が上ると攻撃パターンが単調になる。常に冷静に。それが重要だ」
コフィーヌは自分の手で動きをなぞりながら聞いている。
サリィンも徐に立ち上がり、ゆっくりと棒を振って動きを確認している。
飲み込みは早い。
「ガハハ、師範代らしい話だったのぉ」
グローがニヤニヤしながら言う。
「こんな話ならお前にだって出来るだろうが」
「ワシは斧使いだ。突きなど使わんでな」
「グロー殿、斧は突きが出来ないと、防がれやすくはないんですか?」
サリィンの質問にグローが答えるより先に、俺が口を挟む。
「斧の場合、太刀筋を読まれたとしても、相手の剣や槍ごと切り伏せる事が出来る。それが剣と斧の違いだ」
「なるほど……」
「甲冑ですら変形させる重量だぞ。立ち回りが違うのも当然だな」
サリィンとコフィーヌは真剣な顔で頷いている。
なんとも教え子らしい反応だ。
こそばゆいったらない。
「やはり、俺は何かを誰かに教えるってのは苦手だ」
「いいや、お主、向いておるぞ」
「冗談言うな」
「冗談ではないわ」
グローはガハハと笑いながら、酒瓶を煽った。
†
盆地内の調査も捗り、明後日には帰路に就ける目途がついた。
期間にして約1ヶ月。
その間、俺はサリィンとコフィーヌの剣術師範だった。
「明日の夜は帰る準備をせにゃならんからの。手合わせは今日が最後だ」
グローが両手の棒をクルクルと回しながら言う。
サリィンとコフィーヌは緊張した顔で、グローと対峙していた。
「ガルの指導がどれだけ身に付いておるか、見物だのぉ」
サリィンとコフィーヌは目を合わせて頷いた。
2人同時にグローへ斬りかかる。
サリィンの斬撃を止め、コフィーヌの突きを躱すグロー。
しかし、そこからの剣戟が違った。
2人の動きは、最初の頃とは別人のようだった。
緩急がつき、グローのリズムを崩している。
そして何より、2人は目まぐるしく位置を入れ替わっていた。
2人は元々耳長人だ。
グローはもちろん、俺よりも遥かに身軽だ。
その身のこなしはしなやかで、時折予想外の強力な一撃が飛んでくる。
優雅にも見える2人の剣戟は、まるで妖精が舞い踊っているかのようだ。
「ここまで上達するとは」
正直、舌を巻いた。
ほんの1ヶ月でここまで上達するのだ。
事実上、耳長人は不老不死だ。
100年もすれば剣聖になっちまうんじゃねーか?
「全く、ガルの奴……。誰もここまで強くしろとは言うておらんわ!」
「文句言うなよ、グロー。だったら最初からお前が教えればよかっただろー」
グローが完全に押されているのも、見ていて面白い。
そうしている内に、グローの両手はそれぞれに動きを止められ、次の瞬間にはサリィンの蹴りが目の前で止まった。
「勝負ありだな」
ちょうどスープも出来た所だ。
出来上がったスープを注ぎ分けていると、息の上がった3人が戻って来た。
「お疲れさん」
「ガル殿のお陰でグロー殿から1本取れました!」
「何、2人がかりなら勝って当然だろうて」
「負け惜しみか?グロー」
「違うわ!タイマンなら負けんわ!」
「そう言うのを負け惜しみって言うんだよ」
「うるさい!」
「まぁまぁ、お2人のお陰で私もコフィーヌも強くなりました、ありがとうございます」
サリィンとコフィーヌが深々と頭を下げる。
「辞めてくれ、2人とも。ただの暇つぶしだ」
「そうだそうだ。お陰で退屈せずに済んだわ」
全員にスープが行き渡った所で、俺はパンを齧る。
「ガル殿……」
コフィーヌが申し訳なさそうに俺へ声を掛けた。




