第31話 地中道の品質
「坑道で迷っとる狗鬼がおるな」
グローは先頭を歩きながら呑気に言った。
「サリィン、この調査が終わったら魔法の使える鉱矮人を集めろ」
「何する気だ?」
「地中道として使う所以外を全部潰す。その方が安全だろ」
「確かに。しかし、迷っている狗鬼が穴を掘って外に出てくる事はありますか?」
「ない。1匹2匹で掘っても、外に出る前に飢えか乾きで死ぬ。もうあれから1ヶ月だ。今生き残っとる奴は仲間の肉を喰って生き延びた奴だけだ、ほとんど死に体よ」
「……気分が悪くなる話はしないでくれ」
「小型種にはよくある事だろ?」
「想像しちまったじゃねーか」
「ハッハッハ!お主ら、繊細なんだのぉ」
「お前がガサツすぎるんだろ!」
そんな会話をしていると、例の1.5メートルくらいの穴に差し掛かった。
「ここが最初に発見された穴……」
サリィンが興味深そうに覗き込む。
「坑道内の掃討作戦中に、ここ以外にも通れそうな穴が発見されています」
コフィーヌの説明によると、木こりの町に繋がる穴は全部で7つ発見されたらしい。
その中でも一番大きなものは直径5メートルで、荷馬車も通れる大きさだとか。
あの単眼鬼はそこを通って来たのだろう。
「その穴はどの辺りだ?」
「ここからそう遠くありません。荷馬車で通る事も出来るかと思います」
「ちと狭い箇所があるが、ワシが道を広げよう。とりあえず、そこを見に行くか」
†
その穴は予想以上に雑な作りだった。
急いで掘ったのが窺えるもので、壁面はデコボコ、石化の魔法も使われていないし、床も全く舗装されていない。
「なんじゃこの穴は!」
グローは激怒していた。
「掘り方がまるでなっとらん!何なんだこの壁は!雑にも程があるわ!」
「とりあえず掘った穴だろ?雑でも仕方ないんじゃねーの?」
「これだから狗鬼は!」
ウラグ達は騎馬も駄馬もなく、荷物は単眼鬼に人力荷車を引かせていたらしい。
床に残った轍が妙に深いのはその所為だ。
単眼鬼6体に荷車を引かせれば、馬より速い。
戦闘時は主力にもなる。
さながら、黒醜人が歩兵、狗鬼が騎兵、単眼鬼が大砲といった編成か。
考えたもんだ。
「結局ウラグ達の問題は、兵力を維持する為の兵糧不足だの」
「飯が行き届かなくなったから、狗鬼があの村を襲いだしたのか」
「恐らくの。街を攻めるつもりなら、もう少し兵を増やしたかったのであろうな」
俺はグローとサリィンの話を半分聞き流しながら、あたりをうろついた。
ここは第3坑道の中で最も広い空間だ。
ウラグの軍もここを塒にしていたらしく、未だに濃い生活臭が漂っている。
「我々は荷馬車を引いてきます。今日はここに泊りましょう」
「げっ、マジで?」
こんな匂いの中で寝るのは嫌だ。
「これ以上進むにしても、途中に広い場所もありませんし、木こりの町に着く頃には夜中ですよ?」
「うぐ……」
そこまで歩きたくもないし、雑な掘り方の穴で野宿も嫌だ。
寝ている間に落盤なんてシャレにもならない。
「空気の流れは悪いが、新鮮な空気も入ってきておる。火を焚いても問題なかろう」
「水も十分にあります。ここが一番安全だと思いますよ」
「うぅむ……」
森での野宿なら慣れているが、地中での野宿など経験がない。
真っ暗なのは気にならない。
問題は音がない事だ。
無音という環境がどうにも合わない。
しかし、背に腹は代えられない。
俺達はそこで一晩過ごす事となった。
焚き火を囲んで簡単な食事を済ませ、グローとサリィンは早々に寝袋に潜り込んだ。
コフィーヌが見張りに立っている。
俺は火が落ち着くのを眺めながら、紙巻煙草を一本吹かした。
静かだ。
本当に何も聞こえない。
風の音も、虫の声も、遠くの獣の鳴き声も。
地上から完全に切り離された様な、妙な感覚だ。
「眠れませんか?」
コフィーヌが小声で話し掛けてきた。
「地中が合わないらしい。こんなに静かな場所で寝た事がないからな」
「私も最初はそうでした。坑道での訓練の時、眠れなくて困った記憶があります」
「軍で坑道の訓練があるのか?」
「ええ、山岳戦の一環で。とはいえ、数時間程度でしたが」
「それで慣れたのか?」
「いえ、今でも得意ではありません。ただ、疲れれば眠れます」
コフィーヌは笑いながら言った。
確かに今日はよく歩いた。
疲れていない筈がない。
「そうだな、寝るか」
「おやすみなさい、ガル殿」
俺は煙草を消し、寝袋に入った。
じわじわと眠気が押し寄せてくる。
目を閉じると、静寂がより深くなった気がした。




