第30話 特務の軍令なんて聞いてない
「お待ちしておりました、ガル殿」
支部の事務所を訪れた俺を、サリィンが笑顔で出迎えてくれた。
共同作戦から既に1ヶ月が過ぎた。
俺は相変わらず怪我人のままで、ギルドの依頼でも簡単な採取などばかりをこなしている。
身体が鈍って仕方がない。
つまり、俺は暇なのだ。
そんな暇人の俺を心配してか、頼みたい事があるとサリィンに呼び出された。
俺の周りにはお節介な奴が多い事か……。
「頼みたい事って何だ?サリィン」
「えぇ、こちらへどうぞ。コフィ、お茶を頼む」
「了解しました」
俺は奥の応接室に通された。
「どうぞ、お座りください」
「なんだ?あそこじゃ喋れない事か?」
「えぇ、ちょっとですね。とりあえず、これをご覧ください」
そう言って、サリィンは大きめの地図を取り出した。
「これは……?」
「例の木こりの町の全体図です。山や森に囲まれたこの土地に、新たな東方司令部の本部を移転しようという計画が出ました」
「本部の移設!?急過ぎないか!?」
「はい、私も聞かされた時はビックリしました。しかし、今の本部は既に手狭らしく、魔王軍の残党の動きも王都から遠い場所で活発化の一途をたどっているそうで」
「なるほど。木こりの町に、もっとデカい施設を作りたいって事か」
「そのようです」
確かに天然の城壁がある木こりの町は、拠点を築くのには向いているだろう。
しかし……。
「問題は、どの町からも遠いって事だな」
「ですので、魔王軍の案を採用するそうです。地中連絡路の建設です。荷馬車が横並びで4列並ぶ大型から、1人が通れるくらいの小型まで」
「だったら、馬車道だけじゃなく、線路も計画に入れるといい。輸送量は格段に上がる」
「なるほど、そうですね。地中道は馬にもストレスがかかりそうですし」
「で、本題は?」
「現地調査の手伝いをガル殿とグロー殿にお願い出来ないかというものです」
「軍からの調査依頼か……」
提示された報酬も悪くない。
これならグローもOKを出すだろう。
しかし、素朴な疑問が湧いた。
「引き受ける方向で考えるが、1つ質問なんだが……何故、軍関係者じゃない俺とグローを指名した?口止め料含めての報酬だろ、これは」
「……、ガル殿相手だと、やはり骨が折れますね」
サリィンは困った様に笑った。
「上将軍の肝いりなのか、これ?」
「はい。お2人を指名したのは、他でもない上将軍閣下です。前回の共同作戦で関わったお2人ならば、現地調査の役に立つとの見立てだそうです」
どうも気に入られたらしい。
俺の事をあまりに過大評価していないか?
「俺にそんな期待をされてもなぁ……。しがない賞金稼ぎだぞ?」
「いいじゃないですか、ガル殿の思い付きは的確ですから」
†
「なーんでワシまで行くハメになるんだ……」
グローがブツブツと文句を言っている。
俺とグロー、サリィン、コフィーヌの4人は、街の北門付近に集まっていた。
当初は北側の山を迂回し、木こりの町に西側から入るルートを取る予定だった。
移動だけで片道1週間を想定している。
これは地中道を考えないとならない意味が分かる。
「上将軍の御指名らしいから仕方ないだろ?」
「軍の手先になのが気に食わんのだ」
「元軍人の癖に、軍を毛嫌いし過ぎだろう……」
「元軍人だからだ!まぁ、上将軍からの依頼なら仕方ないが……」
そうは言うものの、グローはしばらくブツブツ言っていた。
「そういや、コフィーヌも昇進おめでとう」
「ありがとうございます。私は特に何もしていなかったんですが……」
「連絡役も大事な役目だ。謙遜せずに素直に喜べ」
「ハハハ、サリィンに言える事じゃないだろ、ソレ」
「な!?」
「謙遜なのはいいが、そんなんじゃ舐められるぜ、少尉殿?」
俺の忠言にサリィンは苦笑いだ。
「グロー殿にも同じ事を言われました」
「元軍人の意見だ、しっかり聞いとけ」
「軍属の時は教育担当をやっていらしたと聞きましたよ」
「そんなの初耳だ。グローらしいな」
「ガル殿は、以前は何をしていらしたんですか?」
この質問が一番嫌いだった。
「何、特別な事なんてなんもなかった。底辺で這いずり回ってただけだ」
こう答えればみんな黙る。
例に漏れず、サリィンも申し訳なさそうな顔で押し黙った。
「意地悪な言い方だったか?すまん。詮索されるのが嫌いなんだ」
「いえ……、すみません」
「まぁ、軍内部は差別主義者が多いですからね……」
しばらくして、サリィンが静かに言った。
恐らく、サリィンやコフィーヌ自身、被害者になった事が何度もあるんだろう。
王国は元々『人間の国』だ。
実権を握るのはほぼ人間のみ。
耳長人や鉱矮人が国の重役に就く事は今までなかったし、これからもないだろう。
「王国はいい国なのは認める。しかし、完璧ではない」
グローの言葉が何よりも重かった。
俺はスラム出身だ。
種族の違いによる差別意識など生まれなかった。
しかし、それとは別の問題を抱えている。
自分の命を軽んじる癖があると、グローと組み始めた時に言われたのを覚えている。
「何だってそうだろ。完璧なものなんてない」
「それよりもだ、本当に北回りに迂回するのか?」
グローが不満そうな顔をしている。
「いっそ、あの村の坑道を通らねーか?そっちの方が早いだろ?」
「おぉ!それは良いの!行こう行こう!」
グローはさっさと南へ歩き出した。
「ちょっと!グロー殿!調査用の機材もあるんですよ!?荷馬車では通れないでしょう!?」
サリィンが慌てて呼び止めるが、グローが足を止める事はない。
「通れないなら、通れるようにすればよいだけだ。さっさと行くぞー」
「まぁまぁ、ああなったらグローはいう事を聞かん。行くしかない」
サリィンは肩を落としたまま、荷馬車を南へ向けた。




