第27話 御前裁判なんて聞いてない
「して、中央軍のトールズ。貴様の主張は『中央軍が追い詰めた魔王軍千人長である食人鬼を、東方軍の辺境支部の伍長が不当に横取りした』というものだな」
そこは少し薄暗いホールだった。
王国軍のトップである三将軍と呼ばれる右将軍、左将軍、上将軍が正面に座り、更にその奥には玉座。
丞相を従えた国王の姿すらある。
ホール自体が法廷の様な造りで、さながら御前裁判だ。
俺達は証言台の近く、参考人の席に座らされている。
天蓋の設けられた玉座に座る国王の顔は見えない。
しかしその圧は、ヒシヒシと感じ取れた。
「その通りであります、左将軍閣下。この不埒な東方軍共は、あろうことか、我々の手柄を横取りしたのです!」
トールズと呼ばれた人間は捲し立てる様に言った。
中央司令部所属の連隊長。
武家貴族出身で、齢30にして連隊長という出世頭だ。
まぁ、全てはサリィンの受け売りだが。
「貴様の言い分は分かった。東方軍のサリィン、反論はあるか?」
左将軍の目がギロリとサリィンに向けられる。
「恐れながら申し上げます。我々が件の鉱山での戦闘を想定したのは、戦闘が起きる3日前であります。その時点で、東方司令部への連絡と増援の申請、またギルドとの連携に伴う必要な事務処理の依頼を提出しております。この時、既に中央軍は山向こうの廃墟に展開していたのでしょうか?」
サリィンは全く物怖じせずにスラスラと喋った。
「フン!俺はそんな報告を受けていない!」
「それは現場に出ていたから仕方がありませんね、連隊長殿。しかし、討伐戦直後に軍を分け、廃墟へ移動するには許可をお取りになった筈。攻撃開始時にも中央司令部へご連絡成されましたよね?その時には東方司令部からだけでなく、ギルドからも報告が上がっていたと思われますが?」
「だから聞いていないと言っている!」
「ハッハッハ!だとしたら、中央司令部全体の職務怠慢による連絡齟齬という事になるのぉ?」
ホール全体に響き渡る声でグローが言った。
「部外者は黙っておれ!」
血が噴き出すのではないかというくらいに、トールズは真っ赤になっていた。
自分に非がないと言い張れば、中央司令部全体の問題になる。
それを冒険者に指摘されたのだ。
こういう場でなかったら斬り捨てられていた可能性もある。
「静まれ、トールズ」
上将軍の低く、腹の底に響き渡る様な声がトールズを黙らせた。
軍の事実上の最高指揮官である上将軍は、史上初の一兵卒から上り詰めた叩き上げだと聞く。
老年の人間だがその眼光は誰よりも鋭く、国王とはまた違った圧を放っていた。
その上将軍に言われ、トールズは途端に子犬の様に縮こまった。
「双方の言い分は分かった。事のあらましとしては、東方司令部からの報告を受け、中央司令部が功を焦ったのだろう。そうであろう?」
トールズは先程までの怒りが跡形もなく消え去り、今度は顔が蒼ざめていく。
「いや、その……」
「功を焦るのは別によい。ワシにもある若気の至りだ。互いに競い合って王国に尽くしてくれればそれでよい」
「上将軍閣下……」
上将軍の思わぬ優しい言葉に、トールズは顔を上げた。
しかし、上将軍の目には怒りの炎が未だに燃えている。
「しかし、護送中を襲うなど、賊のする事だ!恥を知れ!」
「ひっ!」
「貴様の処分は追って伝える。下がれ。牢に入れられた貴様の部下も全員連れて行け!」
「ははぁ!」
トールズは深々と頭を下げ、脱兎の如くホールを飛び出して行った。
「さて、サリィン伍長」
上将軍の視線がサリィンに向けられる。
「はっ!」
「貴様の今回の働き、見事であった。国王陛下もお慶びだ」
「ありがたきお言葉にございます。しかし、今回の件に関しましては、私の力など微々たるもの……。全てこの方々のご協力あっての事です」
サリィンのその言葉が謙遜などではなく心からのものだと、その場にいた全員が感じ取った。
「うむ。しかしサリィン伍長、少数で多数を相手にするにはよく考えられた砦であったが、あれでどのくらい持つと考えておった?」
「はい、持って3日。しかし急造の作戦でしたので、2日程かと考えていました」
「うむ、よい見立てだ。トールズ達の攻撃がなければ、単眼鬼6体と、1000を超える狗鬼、黒醜人の軍と戦っていたところだ」
「6体!?」
俺は思わず声を上げてしまった。
単眼鬼が6体だと?
冗談じゃない。
遭遇したのが1体だけで本当に良かった。
「ハッハッハ、命拾いだったな。その方がガルか?」
「あぁ、そうだが……」
「お主もご苦労であったな。その左手、斥候の際に単眼鬼と戦闘になった時の物だと聞いた。よく生きて戻った」
「いや、結局は俺の斥候なんて意味をなさなかった訳だし、名誉の負傷とも言えない」
「違うぞ、ガル」
上将軍はキッパリと否定した。
「お主が単眼鬼の存在を知らせたお陰で、砦はあの高さになったのではないか?どんな些細な情報だろうと、お主が命を賭けただけの対価はあったのだ。決して無駄ではない」
こんなにも優しく諭されたのは久々だ。
誰かに似てると思っていたが、俺の師匠に似てるんだ。
そのせいか、俺は何も言えなくなり、涙が出そうになった。
「サリィン伍長。2日しか持たないと分かっていながら、作戦を決行したのだな?」
「はい」
「玉砕覚悟か」
「冒険者の方々は逃げても良いと考えていました。しかし、あの場にいた王国軍全員には、玉砕せよと伝えていました……」
俺達は息を飲んだ。
あの場でそんな通達をしていたとは知らなかった。
「お前達が玉砕すれば、街の守りはほぼ皆無だ。街がどうなってもよいと?」
「いいえ。我々が2日粘れば、街には東方司令部から援軍が届くと確信していました。情報は全て街に残したコフィーヌ上等兵と共有していましたので、援軍との連携は彼女に任せてよいと判断しました」
そんな決断をしていたとは露とも思っていなかった。
「分かった。サリィン伍長!」
「はっ!」
「今回の功績を鑑み、貴様を少尉に任ずる!」
「少尉!?」
グローが声を上げた。
その後、必死に指を折りながら数えている。
「4階級特進!?」
俺にはサッパリ分からん。
「戦死よりも凄いぞ!」
「自らが死んだ後の事まで手はずを整えた上で、玉砕も厭わぬ姿勢に感服した。それだけでなく、現に200余の部隊の指揮を執れた。少尉たる能力は既に備えていると、ワシ以下三将軍全員が認めたのだ。才ある者は引き上げる。それがワシのポリシーよ」
豪快に笑う上将軍。
「私が……、少尉……?」
呆然とするサリィン。
玉座に座った国王が立ち上がった。
「サリィン。階級が上がれば、自ずと責務も重くなる。自ら死を選ばずともよいよう、更に力を付けよ。励め」
サリィンは硬直した。
しかし、すぐに我に返ると、跪いて首を垂れた。
「ありがたきお言葉を賜り、恐悦至極にございます!これからも、国王陛下の為、王国民のためにこの命を捧げる所存でございます!」
国王は満足気に頷く。
なんとも、お伽噺の様な展開だ。
階級などよく分からない俺はその場には不釣り合いな間抜け顔でポカンとしていた。




