第28話 生ハムと葡萄酒さえあれば、荷馬車でも問題ない
「で、結局『少尉』ってどれだけ偉いんだ?」
俺は帰りの荷馬車の中でグローに聞いた。
「よく分かっとらんのか」
グローが呆れた様に言う。
「軍属でもないんだから分かる訳ねーだろ」
「少尉とは、魔王軍でいう所の百人長、100人くらいの指揮を執る階級だ。基本的に士官学校を出たエリートはこの階級から始まるが、一兵卒からここまで上がる奴は珍しい」
「じゃあサリィンはエリートの仲間入りなんだな!」
「いや、ここからがまた苦労すると思うぞ?」
グローは心配そうだった。
「何か問題でもあるのか?」
「出る杭は打たれると言うだろ?ヤッカミを受けるのは必然だ。戦後配属組にはちと辛いだろうな……」
「そんなもんか……。軍もめんどくさいな」
「だろ?だからワシは辞めた」
確かにグローの言う通り、軍の中で王国民の事を考えている奴は少ないのかもしれない。
中央軍のトールズがいい例だ。
「そういや、セリファ。初めての王都はどうだった?」
「え?どうって言われても、自由時間なんてなかったから観光も何も出来なかったし……」
セリファはしょんぼりとしていた。
王都に到着したのは夜遅かったため、すぐに軍の宿泊施設に入れられ、御前裁判後はほぼそのまま中枢区から放り出された。
観光を楽しみにしていたセリファには申し訳ない。
「こんな強行軍だと俺も思わなかった。結局、コフィーヌも特進したお陰で、帰りはこの5人だしな」
コフィーヌも異例の3階級特進で曹長になったが、サリィンの副官として補佐をする事になったらしい。
「まぁまぁ、皆さんそんなに気を落とさずに」
ピュートがニコニコと言った。
「いいよなぁ、ピュートは。今回の一件で滅茶苦茶儲かっただろ」
「そんな事ないですよ~、エヘエヘ」
「お主、ニヤけ過ぎだ」
「でも、私も大変だったんですよ!?上司のエリアマネージャーが街は陥落するって言い張って、事務所を引き払おうとするのを止めるのが」
「一人で止めたのか?」
「止めるどころか揉めに揉めて、結局独断で弓矢と毒ポーションをかき集めました。今頃あの人、上層部に呼ばれてますよ~」
グローがガハハと笑う。
「商会も色々あるんだの」
「おかげで昇給も決まりましたし、報奨金も入りましたし、結果オーライです!」
「お主、ようそんな賭けに出れたのぉ」
「そんなに賭けですかね?」
「もし街が陥落したらどうするつもりだったんだ?」
「そんなの、街が陥落した時点で私の命もなくなっているでしょ?死んだ人間に弓矢や水薬の請求は出来ない。そうなれば請求先は商会であり、安全な場所で命を永らえたエリアマネージャーになります。つまり、勝ち確定なんですよ!」
感心していいのか、呆れるべきなのか分からない。
「それはそうと、色々と買い込みましたので、帰りは楽しく行きましょう!」
そう言って、ピュートは酒瓶を取り出す。
「おお!酒か!」
誰よりも早くグローが反応した。
「え?ここで飲むの?別の意味でも酔いそう……」
セリファは顔をしかめる。
「そう言わずに!火を通さなくても美味しい加工肉もありますよ!」
「おっ、これは生ハムの原木か!」
俺が手に取ったのは骨付きの生ハムの塊だった。
昔、一度だけ見た事がある。
これを小剣で薄く切って食べるのだ。
「こんなの見た事ない……」
セリファがマジマジと原木を見つめる。
「大将の店じゃ取り扱えないからな」
「ウチの店には卸せないの?」
「中々街までおりて来ないんですよ。専ら王都から程近い街でしか扱えない商品になってます」
「……、美味しいの?」
「それはもう!」
ニッコニコのピュートである。
「食べていいか?」
「勿論です!そのために買ってきたんですから!」
俺はいつも使っている投げ小剣を取り出し、原木から生ハムを薄く切り出した。
その一切れをセリファに渡す。
「ガル……」
「あん?」
「その小剣って、矮鬼とか黒醜人に刺してる奴よね……?」
どうやら衛生的に拒否反応があるらしい。
「バッカ、ちゃんと洗ってるよ!」
「いや、そうだろうけど……」
「文句言うなら俺が喰う!」
俺はセリファが摘まんでいた生ハムにそのまま齧り付いた。
「ちょっと!」
「美味い!!」
ねっとりとしたコクのある濃厚な味わいと、少し強めの塩加減がいい。
これは葡萄酒によく合いそうだ。
「これをご所望ですかの?」
グローが酒瓶を渡してくる。
ご丁寧に、栓は既に開けられていた。
白い葡萄酒だ。
そのまま瓶に口を付けてラッパ飲みにする。
柔らかい酸味とフルーティーな味わい。
華やかな中に樽独特の香りも加わり、なんと味わい深い葡萄酒なのだろう。
生ハムの脂の甘味をより一層引き立たせる、ベストな組み合わせだ。
「最高……」
生ハムを奪われブーブー言っているセリファをよそに、俺はこの上ない幸福感に包まれていた。
「セリファ殿、どうぞ。食用の小剣を使っていますので、安心してください」
ピュートが薄く切り出した生ハムを木製の皿に載せてセリファに渡す。
「え?ありがとうございます!」
嬉しそうにそれを受け取るセリファ。
静かに本を読んでいたブリジットも加わり、帰りの荷馬車は賑やかな酒宴の会場となった。




