第23話 これで準備完了だな
作戦開始当日。
ブリジットが集めた冒険者の数は187名。
街を拠点登録しているほぼ全員だ。
軍の50弱と合わせて237名。
3日で、よくもここまで集められたものだ。
広場には夥しい数の矢が用意されている。
全てフィロー商会が運んできたものだ。
半弓の安価な矢だが、どれも粗悪品ではない。
その矢じりはバケツに浸けられていた。
バケツの中身は、ゴールグの薬草畑産の毒草から精製した強力な毒水薬。
掠るだけでも半日の内に死ぬ程の猛毒だ。
さらに、狗鬼が真っ直ぐ走れないように柵を設置した。
そして広場を取り囲むように木製の塀を建て、その上から矢を射掛ける算段だ。
造りは荒いが、広場は簡易的な砦になっていた。
「これで負ける気はせんのぉ」
グローは笑いながらパイプを吹かす。
今まで見た事がない笑いだった。
軍人・グローの不敵な笑みだ。
「さて、そろそろですね」
俺とグローとサリィンが広場の中央に立つ。
「準備は整った!これより作戦を実行に移す!目標は敵指揮官の首級!」
サリィンの声が響き渡る。
砦の上の兵士や冒険者達が鬨の声を上げた。
「ではガル殿、グロー殿、お願い出来ますか?」
「任せとけ」
「見付かるのが仕事ってのもアレだけどな」
俺とグローは坑道に入る。
グローの設置型魔法を解除して、狗鬼達を坑道の中から釣り出してくるのが目的だ。
「奴さんも軍備を整えておるだろう。単眼鬼はすぐには出して来ない筈だ」
「あちらさんにとっては最終兵器だろうからな」
グローが低い声で言う。
「逆に言えば、狗鬼は無限に湧いてくる可能性もある」
「どれだけ早く単眼鬼を倒して、指揮官に辿り着けるかだな」
俺達は速足で奥へ進んだ。
†
坑道の中は異様なくらいに静かだった。
「やけに静かだな……」
「あまり緊張するな、ガル。自分の声が大きく聞こえるのは緊張しておるからだ。肩の力を抜け」
「分かった……。にしても、静か過ぎないか……?」
「うむ……」
グローは一度足を止めて、俺の方を見た。
「静かな原因は大きく2つ考えられる。1つは奴らがただ寝ている線。しかし、戦支度をしておる筈なのに見張りも巡回も皆無なのはおかしい。まず有り得ないだろうの」
「2つ目は?」
「既にこの坑道内に何もいない可能性だ」
「撤退か、攻勢か……」
撤退なら木こりの町に引いたという事。
要塞化した町を攻めるとなると、最低でも敵の3倍の兵力が要る。
完全な手詰まりだ。
逆に攻勢なら、別の坑道から外に出て砦か街を狙っている。
「どちらなのかは、確かめるしかない」
グローは再び歩き出した。
「そんな悠長でいいのか?街に向かわれたらすぐに落ちるぞ!」
「街への道には物見を配置しておる。何かあればすぐにサリィンへ連絡が入る。問題は砦を裏から攻められる場合だぞい。正面しか守れん砦だ、背後を突かれたら補給路を断たれる」
「どっちにしろ、行って確かめるしかないのか……」
まるで自ら死にに行く様な気分だった。
†
「もぬけの殻だの……」
俺が単眼鬼と対峙した場所まで潜った。
狗鬼1匹すらいない。
「戻るぞ、グロー。砦がヤバいかもしれん」
グローはしゃがみ込み床を見ていた。
「足跡だ。慌てて出て行った様だ。しかも、木こりの町へ向かっている」
「戦略的撤退か?」
「一旦戻るぞい。兵力を下げたとなると、別の街に進撃する可能性もある」
俺達は来た道を戻る。
入り口まで500メートルに迫った時だ。
「うん?」
「お?」
俺とグローは同時に振り返る。
地面が微かに揺れている。
落盤ではない。
足音だ。
しかも、かなりの数が同時に走っている。
「おい、グロー!」
「進軍ではない!何かから逃げて走っておる!」
「早く外に出るぞ!」
俺達は全力疾走で坑道を走る。
しかし足音は段々と近付き、大きくなる。
何とか外に出た。
「敵襲!各員、戦闘配置!矢を番えろ!」
砦の上の連中が毒矢を番えた。
俺とグローは急いで砦に上がる。
「来ましたか!」
「向こうから全力で走って来よる。どうも妙だ」
「もうすぐ出てくるぞ!構え!」
サリィン自身も半弓に矢を番え、引き絞る。
足音が大きくなる。
緊張の糸が張り詰め、静かになった刹那。
坑道から狂った様な速度で飛び出す狗鬼。
「放て!」
無数の矢が降り注ぐ。
矢が急所に当たり即死する者。
毒で痙攣を起こしながら泡を吹く者。
仲間の死体に足を取られて転倒し、踏みつぶされる者。
柵に足止めされ、後ろからぶつかった仲間に押し潰される者。
あまりにも一方的な状況に、俺は何とも言えない気分になった。
「ガル殿、グロー殿」
矢を射掛けながら、サリィンが声を上げる。
「先程、東方司令部から連絡が来ました。中央で展開していた討伐戦が終了し、その内の一団がこちらに向かったとの事でした」
「どういう事だよ?」
「この騒ぎはその王国軍の仕業だ。木こりの町の方で戦闘が起き、魔王軍残党が敗走。此奴らはその敗走兵だぞい」
中央に展開していた総兵力は3万近いらしい。
その一部が木こりの町へ攻め入ったとの事だ。
そりゃ、トチ狂った様に走って逃げてくる訳だ。
「なんでその連絡が遅いんだよ」
「手柄が欲しい中央司令部のせいじゃろ。自分達が地方まで出張って鎮圧してやったというシナリオが欲しかっただけの事よ」
グローの声が不快で満ちていた。
「派閥争いなぞ、珍しくもない。民の事なんぞ考えちゃおらん」
「面目ありません……」
「お主が謝る事ではないぞい。それに、まだ終わっちゃおらんぞ?」
広場には未だに多くの狗鬼が湧き出していた。
敗走兵でこの数だ。
「おっと、サリィン。そろそろ大本命のご到着だ」
グローがニヤリと笑う。
俺は坑道の入り口を注視した。
狗鬼達の装備の質が良くなっている。
身体のデカい奴も増えた。
人間や耳長人と同じくらいの背丈がある者も混じっている。
「精鋭が敗走してきたようだな。指揮官が出てくるやもしれん」
左手を負傷した俺は、広場をただ見下ろす事しか出来なかった。




