27話 無価値な優しさ、その果てに②
「さあ、本日は久しぶり──奴隷の競売で御座います!! お集まりの皆様、金貨の用意は十分でしょうか!?」
大斧さんの言う通り、今日の闘技場はいつもと違った。
鎖に繋がれた、亜人の子供たちが十五人。
生気を失った彼らの表情と、手足の枷が痛々しい。
ここだけで、こんな人数を揃えられるわけがない。
多分、この国にはあるんだ。子供を産ませるためだけの場所が、いくつも。
母体となる亜人の女性は薬か何かで、自由を奪われる。
産むだけの存在。
そんなの、酷すぎる。
「……しっかり見ときな。馬鹿な真似したら、アンタらの子供があそこに並ぶことになるんだからよ。支配人にも言われただろ?」
多分その言葉は、大斧さんなりの気遣いなんだと思う。
私とイライザは、ただ目の前の光景を見ていた。
(何も出来ない。……違う、同じだ。同じなんだ。私も、あの子たちと)
仮面を付けたお金持ちの集団が、闘技場の中央に降りてきている。
そこなら、近くで品定め出来るから。
私は闘技場に背を向けて、鉄格子を背に膝を抱えた。
怒りはある。なけなしの正義感だって、心の中で精一杯叫んでる。
……でも、同情したって、何も変わらない。
だから、ごめんね。
「さて、次の商品はこちら! まずは金貨200枚から!」
「250!」
「300!」
子供たちが、次々と売られていく。
イライザは私に寄り添いながら、手を握った。
真面目で正義感の強い彼女にとっては、耐えがたい光景なんだろう。
(……駄目だ、しっかりしないと。イライザを守って、今日も生き残るんだ)
この後、戦わなくちゃいけないから。
今は、あなたたちのこと──見ないふり、させてね。
「さあさあ、本日もやっていきます! まずはこちら、リョウヘイとその仲間たちに加え、なんと……アルマとイライザ! 計六人が組んで戦いますっ!!」
武器と防具を身につけ、対戦相手の登場を待つ。
気分は最悪。
それでも、現実は止まってくれない。
「はあ!? またつまんねえ試合かよ……」
「強えやつ同士で組んで、どうすんだよー!!」
それは私も思った。
かなり強い相手じゃないと、一方的な展開になるよね?
何か……仕掛けがあるのかな。
「皆様、ご安心ください! 彼らの対戦相手は、まさに人ならざるものっ! それでは、ご紹介します──さあこいつらに、勝てるのかあああああっ!?」
いつもの扉じゃなく、闘技場内の地面。
そのある一角が、重い音を立てながらゆっくりと口を開けていく。
しばらくすると、何かが爪音を立てながら近づいてくる気配がした。
「……マジ?」
「……ははっ、とんでもねえもん連れてきやがった」
現れたのは、三頭の虎だった。
リョウヘイくんとノブユキくんも、完全に想定外だったらしい。
この場にいる全員がそう思ってる。
そんな私たちの気持ちを無視するように、歓声が上がる。
虎たちは唸り声を上げながら、周りをうろうろし始めた。
「ちょおっ……!! やべーじゃんやべーじゃん! どうすんだよ、あんなの!!」
「ひいいっ!! も、もう駄目だあぁぁ……!」
「……本当に、最悪な場所ね。お姉さんが躾けてあげないと」
パニックになりそうなレンジくんとケイタくんを見て、なんとか冷静になれた。
イライザも、戦意は十分にあるみたい。
でも例え、冷静になれたとしても──問題は、勝てるかどうか。
「さあ、久しぶりの登場っ!! リヒトブリックより北方に暮らす騎馬民族より購入し、愛情たっぷりに育てた三頭!! エルモくん、セルジュくん、ジータちゃんです!! 無事に餌代を稼ぐことが出来るのか──それでは、はじめっ!!」
ジュスティーノの掛け声の後、三頭は示し合わせたように短く吠えた。
偶然だろうけど、見世物としては満点の態度。
(……そんじゃ一丁、やってみますか)
私は槍を構えて、虎の前で穂先を振った。
三頭の中で、最初に飛びかかってきそうなやつ。
どの虎が、どの名前かなんて知らない。
確実に言えるのは、どの虎も私たちを殺すことの出来る牙と爪がある。
順番なんて考えてたら駄目。
出来るだけ素早く、一頭ずつ殺す。
「うおっ……とお! おいレンジ、とりあえず一頭はお前に任せた!!」
「はあ!? 馬鹿か!? こんなのどうしろっつうんだよ!?」
前足の鋭い一振りを交わしながら、リョウヘイくんは仲間に呼び掛ける。
それに対し、レンジくんは目の前の虎と対峙しながら怒鳴り返す。
「場所変われ、レンジ。……レスリング部の寝技、猛獣相手にも通用するか見せてくれよ」
「……寝技ぁ? ……いや、確かに背中から組み付いちまえば……いけんのか?」
ノブユキくんの提案に何か閃いたらしく、レンジくんは後退した。
メイスと盾を投げ捨てて、手首と足首を片方ずつ回し始めた。
えーっと……素手で戦うってこと?
「うまくいったら、女の子三人呼んで六人でヤろうぜ! そんとき、お前の武勇伝を俺たちが思いっきり語ってやっから!」
「そうそう。虎を素手で殺す男、レンジ──惚れない女はいないぞ?」
「……うおおおおおおおおっ!! なんかやる気出て来たぜええええええっ!! っつうわけでアルマさん、ちょっとノブユキの横に並んで! こう、虎を包囲する感じにしたいから!」
「わっ、分かった!」
やる気を漲らせたレンジくんの指示に従って、前に出る。
その横から、じりじりと虎の側面に回った彼は──
「しゃあっ!!」
低空姿勢で走り、虎の背中に飛び乗った。
……凄い。
大柄な体型なのに、あんなに素早く動けるなんて。
「はーい、どうどう! 一緒におねんねしましょうねえ……そらよっ!」
胴体を両足で締められているせいで、虎はレンジくんを振り落とせない。
横に倒れた瞬間、彼の腕が虎の首に巻きついた。
そのまま締め上げる。
じたばたともがいてるけど、レンジくんも大柄だ。
このまま押し切れるかもしれない。
「他の二頭をやるぞ! イライザさん、盾になってくれ! 俺が隙をついて仕留める!!」
「ええ、任せて!」
リョウヘイくんの指示で、イライザも前に出る。
じゃあ、残り一頭は私たちで。
「ケイタ、お前は状況を見ながら弓で援護だ! ……アルマさん、やろう」
「うん!」
「おっ……俺も、役に立つんだ……!!」
そして、状況はすぐに変わった。
虎の一撃を盾で受けたイライザ。
「おらあああっ!!」
隙を突いた両手剣の一撃が突き刺さる。
「ぎゃううううっ!! ……ぐう……るる……る……」
胴体を切られた虎はお腹の中身をぶちまけて、よたよたと下がっていった。
手負いどころか瀕死。
これで、自由に動けるのは一頭。
「俺も一頭殺したいが……ここはまあ、協力プレイってことで」
ノブユキくんは槍を捨てて、盾を持って突っ込んでいった。
……なるほど、そういう感じね。
盾と爪が何度もぶつかり合って、虎の怒りが増していく。
上体を起こした虎は、ノブユキくんにのしかかった。
「ぐうぅっ……後は任せた!!」
「危ないっ、ノブユキ!!」
ケイタくんの放った矢が、虎の脇腹に突き刺さる。
それでも──止まらない。
ノブユキくんの喉元に狙いを定めて、虎は大口を開いた。
私はその口の中へ、槍を突き立てる。
くぐもった呻き声を出しながら倒れ込んだ虎は、そのまま動かなくなった。
「試合っ……終了ーーーーーーっ!! なんということでしょうっ! 今まで無敗を誇っていた虎ちゃん三頭が、人間に敗れてしまいましたーーーーーーっ!!」
歓声が聞こえる。
今だけは、それが心地よかった。
レンジくんの方に目を向ける。倒れた虎の上に腰掛けて、肩で息をしていた。
あのまま、本当に絞め殺しちゃったんだ。
リョウヘイくんがお腹を切り裂いた虎も、離れた場所で息絶えているのが見えた。
ほっと息を吐いていると、警備兵がやって来て、私たちから武器を取り上げた。
イライザと目を合わせる。
……いつもと違う──まだ、何かある?




