27話 無価値な優しさ、その果てに③
「そう警戒しないでくれ、君たち! ただ壁になってもらうだけだからさ」
ジュスティーノの言葉を聞いても、安心は出来なかった。
やがて、一人の剣奴が警備兵に連れられてやって来た。
といっても、ごく普通の男の人。
やつれてるけど、力仕事をしていたのか体全体に筋肉が付いている。
くたびれた剣を引きずるように、のろのろと歩いている。
優しげな顔で、こんな場所にいるのは似合わない……そんな人。
「本日最後の試合ですが……予定を変更させていただきます! まず、こちらの男性は──妻となった女性の処女をとある貴族に奪われ、その貴族に手を上げました! その結果、妻は死亡! 夫である彼は、こんな場所に連れてこられてしまう……なんという悲劇っ!! ねえ皆さん、可哀想ですよねえ!!」
闘技場は、笑い声に包まれた。
悪意で溢れかえっていて、気持ち悪い。
「ぎゃははっ! 結局、誰も得してねえじゃねえか!」
「いやいや、貴族に結婚を報告した村長とかは!?」
「確かに村長、金はもらってそうだな!」
嘲笑や憶測が収まってきたところで、ジュスティーノは対戦相手の紹介を続ける。
彼からこれ以上、何を奪うつもりなのか。
──もう、命しかないのに。
「ところが、本日はなんとっ……彼の全てを奪った貴族が、ここに来ております!! 全てを失った男にとって、これが最後の復讐の機会!! さあ、ご登場を!!」
剣奴と同じ扉から入場した貴族は、仮面を付けていなかった。
痩せていて、例えるならずる賢い狐みたいな男。
服装は貴族服のままで、きらきらした剣を持っている。
そいつを見て、被害者である男性の目つきは変わった。
ただの絶望から、胸に燻り続けていた怒りに火を灯すような──そんな顔。
「やあ、久しぶり。……ええと、名前はなんだったかな?」
「……フランク」
「ああ、そうそう。それで……妻の名前は?」
「リネットだ!! お前が犯して、殺したんだろう!!」
ありきたりな挑発。
でも当事者からしてみれば、絶対に許せないから乗ってしまう。
怒らせて、冷静さを奪うつもりなんだ。
自分が勝つ可能性を、少しでも上げるために。
「まあ、そう怒るな。──約束しよう。君が私に勝てば、ここから出られる。罪に問われることは無いし、好きに生きたまえ。……もっとも、ここの存在を話すのだけはお勧めしないが」
フランクさんは、疑うような眼差しをジュスティーノに向けた。
それに対し、ジュスティーノは高らかに宣言する。
「何の気兼ねも無く戦ってくれて結構! 支配人も了承しているし、問題は無いぞ。もし、勝てたなら──残りの人生を妻の弔いに捧げるも良し、新たな伴侶を見付けて生きるも良しだ!」
多分、本当なんだろう。
悪い貴族の、ただのきまぐれ。
二人を広く囲むように、私たち六人は円になった。
この中で、お互いの命を賭けて戦う。
フランクさんに勝って欲しい。
「さあっ、本日最後の戦い!! 勝つのは貴族か、はたまた全てを失った男か!? それでは──試合、開始っ!!」
盛り上がる観客。
興奮の度合いは最高潮だ。
私は両手を握りしめながら、勝負を見守る。
手伝ってあげたい。でも、それは無理。
だからせめて、心の中で祈ろう。
この世の中に、正義はあるんだって。
……そう、信じたいから。
「ほら、どうした!? 妻の仇が目の前にいるぞ!」
「……っ!!」
腕力では、フランクさんが上。
でも、それ以外の面では貴族が圧倒していた。
手足を切り刻まれながら、フランクさんは懸命に戦う。
(──イライザ!? 駄目っ、それは……!!)
胸元を掻くふりをしながら、私の親友は人差し指と中指で小石を取り出した。
手を下ろした彼女は、拳を握りながら機会を待つ。
止めないと。
……でも、どうやって?
全身を嫌な汗が伝う。
普通を装え。もうそれしかない。
「そろそろ……終わりにしようか!」
「まだ……俺はっ……!」
フランクさんは押され始め、体勢が崩れかける。
そして、そこに──
「うぐっ! なっ、なんだ!?」
イライザが親指で弾いた小石は、貴族の顔に当たった。
……当たってしまった。
目の近くに当たったのか、貴族は剣を振り回しながら後ずさる。
フランクさんが体勢を立て直すには、十分な時間だった。
「死ねえええええええっ!!」
「なっ……に……?」
全身を赤く染めながら、腰だめに剣を突き出すフランクさん。
突き刺さした場所は胸。
口から血をこぼしながら、貴族は膝を付く。
剣を引き抜いたフランクさんは、そのまま両手で振りかぶる。
「ぽぎゅっ」
頭を割られた貴族は、奇声を上げて倒れた。
闘技場は一瞬、静まりかえって──
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」」
熱狂。
檻が鳴り、割れんばかりの拍手。
これが、観客の見たかった光景だった。
でも、この結果は……。
「ちょーーーーーーっと待ったあーーーーーー!!!!」
ジュスティーノの良く通る叫び声で、歓声は止んだ。
リョウヘイくんたちは、何がなんだか分からないという顔をしている。
イライザは目を閉じて、その時を待っているようだった。
……うん。
あなたのそういうとこ、やっぱ好きだよ。
尊敬してる。
警備兵の一人がジュスティーノのもとへ歩み寄ると、ジュスティーノは何かを囁いた。
お金持ち側の観客席に続く扉に消えた警備兵は、しばらくすると護衛を連れた誰かと共に戻ってきた。
仮面を付けてても分かる。
あれはアマンシオだ。
ざわつく観客に囲まれながら、支配人である彼は事情の説明を始めた。
「皆様、先ほどの試合ですが……どうやら、不正があったようです! そこのイライザという女が、石で貴族を妨害した──そうだな、ジュスティーノ?」
「はいっ、支配人! 彼女が指で石を弾いて、試合結果を操るのを見ました!」
闘技場全員の視線がイライザに集まる。
目を開けた彼女は、アマンシオに真っ直ぐな視線を向けた。
それで十分とばかりに、アマンシオは両手を広げながら肩をすくめる。
「……剣をよこせ」
アマンシオは警備兵から剣を受け取り、イライザに向かっていく。
──私も、すぐ行くからね。
「うーん……やっぱり、こっちかな?」
「……えっ?」
困惑するイライザを置き去りにして、フランクさんの前に立つアマンシオ。
そしてそのまま、フランクさんの喉を切り裂いた。
「……お前えええええええっ!!」
「おいっ! 取り押さえろ!!」
激昂したイライザは、警備兵に足を払われて拘束された。
それを眺めてから、アマンシオは裁定を下す。
「ただ今の試合は無効!! そしてこれより一週間後、アルマとイライザによる一騎打ちを行います! 本日のところは、それでご容赦を!!」
再び沸き起こる歓声。
立ち尽くす私の肩を叩いて、アマンシオは去って行った。
リョウヘイくんたちが何か話しかけてきたけど、耳に入らなかった。
(……試合になったら、お互いに胸を刺して終わろう。こいつらの娯楽になんか、なってたまるもんか)
出来るのは、それくらいかな。
姫様、ごめんなさい。
でも私、イライザのことは責められないです。
だから──大好きな親友と、一緒に死なせてください。




