26話 ローザ・カルミナ館、その地下で③
朝食を食べた後は、特に出来ることも無い。
なので、毛布を被って目を閉じ、体を休める。
昨日の疲れは残ってないし、私もイライザも無傷だった。
夜中には傷の痛みや恐怖で呻き声が聞こえたりするけど、慣れてしまった。
それはつまり、私たちがまだ生きている証明にもなるから。
(結果としては悪くないけど、状況が良くなったわけじゃないからなあ……)
天井を眺める。ここは、地上にある建物。
私たちは普段、その中にある牢屋で生活してる。
窓はあるけど、鉄格子付き。
引き戸を空けると、その先には高い壁がある。
壁の先には木々が生い茂ってるから、やっぱりここは森の中。
夜中の闘技場は大声で叫ぶ人もいるし、天井は金網だ。
声は外に漏れているのに、ここは今までずっとこのままらしい。
(……つまり、国は黙認してるし、近くに村や町は無いってことかな?)
建物の周りには警備兵がうろついてるし、三日に一回は牢の中まで調べられる。
壁を掘るなんて真似も出来ない。
そのくせ身体検査はされないんだから、妙なところだけ雑なんだよね。
でもまあ、逃げ出すのはちょっと無理そうかなあ……。
そんな感じで、しばらく毛布の中でごろごろしていると。
複数の警備兵がやって来て、牢屋の鍵を開けていく。
手足の枷を外された剣奴たちは、地下通路の先の闘技場へ。
──自由時間かあ。
正直、このまま牢屋で過ごしたいんだけど。
だってこの中が一番安全で、落ち着けるんだもん。
「ほら、お前たちの番だ。手を前に出して、真っ直ぐに立て」
「……はーい」
警備兵の前に立つと、慣れた手付きで枷を外された。
うん、開放感。
でもそれは、みんな同じ。
手足が自由になった、色んな意味で飢えた男の人たち。
そんな状況で、女二人が狭い場所にいるのは危ない。
観念した私たちは、牢屋から出ることにした。
「やーっと出てきたか、お二人さん。おら、さっさと行くぞ」
地下通路への入り口で、腕を組み待っていた大斧さん。
相変わらず、闘技場の偉い人の言い付けを守ってくれてる。
どんな奴なんだろう、この場所を仕切ってる人間は。
地下通路といっても、息苦しさを覚えるほど長くはない。
すぐに開けた場所へ出ると、大斧さんは離れていった。
いつもの子分たちと、楽しそうにお喋り。
私たちはまあ、いつも通り……日の当たるとこで休んでよっか。
イライザと一緒に定位置へ向かうと、三人の先客がいた。
ありゃりゃ、どうしよ。
「おっ、俺たちはあっちに行くぜ。座れよ、あんたら」
立ち上がり、そそくさと逃げていった三人。
……? なんだろう、あの態度。
「多分、怖がってるんじゃないかしら。恨みを買って、いざ戦う時に苦しい思いをしたくないとか……?」
「……一緒に組んで戦ったりもあるかもしれないし、その時になって見捨てられたくないとかもあるかもね」
厚意に甘え、太陽の光で体を温める。
一応、顔くらいは覚えとこう。
敵になっちゃったら──どうしようもないんだけどさ。
昼食の時間になると、また牢屋に戻される。
警備兵に睨まれながら、列を作って地下通路へ。
最後尾にいた私たちの番になると、通路への扉が閉ざされた。
代わりに、お金持ちの人たちが使う観戦部屋の方に続く扉が開いた。
「お前たちはこっちだ。この闘技場の支配人が、一緒に昼食でもどうだと誘っている。暴れないよう、枷をはめさせてもらうがな」
どうせ、拒否権なんか無いし。
警備兵に従い、観戦部屋の一室へ。
運ばれてくるのは、豪華な食事とワイン。
別に、嬉しくはない。
イライザと一緒にソファに座っていると、見知った男がやって来た。
「どうも、お二方! 昨日の戦い、お見事でしたよ」
「……あんたが、ここの支配人なんだ」
「まあ、予想はしてたわ。下劣で悪趣味な人間に相応しい場所だもの」
アマンシオは肩をすくめながら、指を鳴らした。
控えていた警備兵の一人が、三つのグラスにワインを注ぐ。
涼しげな顔でグラスを掲げたクズ野郎は、空いた手で乾杯を促す。
そんな彼に対し、私は両手を突き出した。
にこりと笑いながら、可愛くおねだり。
「これ、外してくれない? そしたらいつも姫様にやってるみたいに、あんたのお世話してあげられるんだけどなあ」
「しばらく戦ってばかりで、侍女の仕事を忘れそうで困ってましたの。アマンシオ伯爵、肩をお揉みしますわ」
当然、思い通りにはならなかった。
アマンシオは、私たちを無視してワインを一口飲んだ。
グラスを置いて、そのまま食事を始める。
「ふふっ。魅力的な申し出ですが、私もまだ死にたくはないので。さあ、あなたたちもどうぞ。健康は大切ですよ? 人気商品として、しっかり稼いでもらわないと」
諦めて、大人しく食べることにした。
悔しいけど、美味しかった。
パンとスープばかりだったし、体が喜んでるのが分かる。
(……こいつは悪知恵が働くから、情報を聞きだそうとしても無理。せめて、お腹いっぱい食べとくか)
「エリノア王女に仕える人間が、こんな所で犬のように食べ物を貪っている──いやはや、なかなか良い眺めだ」
一瞬だけ、手が止まった。
でも次の一口も、ちゃんと飲み込む。
私たちの様子に満足したらしく、アマンシオは食事の手を止めて話し始めた。
どうせ、ろくでもないことしか言わない。無視しとこ。
どうでもいい自慢話。
他の貴族がどんなに無能で、自分が如何に有能なのか──とか。
長話の中で、二つだけ分かった。
こいつは、自分の父親を殺したらしい。
それだけじゃなく、この場所の経営権も他の貴族から奪い取ったみたい。
(……先代のマルセロ様は、ここと無関係だった。ま、それだけが救いかな)
用意された食事を綺麗に平らげた私たちを見て、アマンシオは立ち上がった。
「商品として役目を果たしてくれたら、たまに良い思いをさせてあげますよ。他の剣奴たちの中にも、ここでの生活を気に入ってる者たちはいますからね」
それって、今みたいに豪華な食事とか?
私の疑問に答えるように、アマンシオは笑みを深めた。
「ははっ! 彼らが食事だけで満足するわけがないでしょう。……亜人の女ですよ。剣奴との間に生まれた子供を、ここで売り捌く。これがまた、高く売れるんです」
吐き気がした。
この場所こそ、ノヴァリスの本質なんだろう。
こんなやり方でお金を集めているから、あれだけ好き勝手が出来る。
「まあ、そんなわけです。……くれぐれも、馬鹿なことは考えないでくださいよ? あなたたちも、腹で稼ぐなんて嫌でしょうからね。今日の戦いも、楽しませてもらいますよ」
言うだけ言って、アマンシオは出て行った。
私たちは観戦部屋から出て、闘技場に戻る。
昼食を食べ終えた剣奴たちが、武器を持って食後の運動をしている。
(今日も戦わなきゃいけないから、鍛錬しないと。イライザとだけじゃなく、誰か別の相手も必要だよね)
辺りを見回すと、声をかけるには丁度良さそうな相手がいた。
例の、ソウマくんの知り合いらしき四人組。
「……声、かけてみよっか」
「……そうね。ここの中じゃ、それなりに信用出来そうだし」




