25話 白百合亭①
……太陽が黄色に見える。眠い。
アルマとイライザの情報は手に入れたし、エリオドロ教皇との接点も出来た。
今の所、上手くいってる。
たっぷり睡眠を取り、軽やかな足取りのロメオ。
俺とマリカはゲームに出てくるゾンビのように、のろのろと歩いていた。
一度、変装道具に不備が出ていないか確認したかった。
朝の日差しを浴びながら、三人で劇団のテントに向かう途中だ。
「二人とも、大丈夫ですか? ……少し、眠った方が良いと思うんですけど」
「ふああ~……。誰かさんがお楽しみの間、アタシは部屋の外で警備させられてたからねえ」
「悪かったよ、《《ジェナ》》。でも、大事な情報は手に入ったからさ」
「はいはい。よかったですね~、《《クリフ》》さん」
クリフとジェナ。
それが、この国で俺達が名乗っている表向きの名前だ。
適当にじゃれ合いながら、目的地に到着。
座長が寝泊まりしているテントの前で、ロメオが声を掛けた。
「おーい、ニコレッタ! 今、時間あるかい?」
もぞもぞと、テントの中で動く気配がする。
そしてお目当ての人物は、寝間着姿のまま姿を現した。
「……なんですか、旦那。昨日、遅くまで団員と飲んでたせいで眠いんですけど?」
「おはよう。変装道具に問題が無いか、確認して欲しいってさ」
「ああー、そういう話ですか。……どうぞ、お二人とも」
意外に快適な、ニコレッタのテントの中。
胡座をかいて座る俺達の周りを、忙しなく動き回る彼女。
目が覚めてきたのか、お喋りに付き合いながら、されるがままになっていた。
「うん、問題なし。ソウ……じゃなかった、クリフさん! 付け髭に使う塗り薬、使い過ぎとかは?」
「ああ、大丈夫だと思う」
腰の小さい鞄の中から小瓶を取り出し、残量をニコレッタに見せた。
彼女は満足そうに頷く。
別に貴重な薬という訳じゃないらしいが、また貰いに来るのも面倒だ。
今ある分で、何とか間に合わせたい。
「ジェナさんに関しては……強いて言うなら、付けっぱなしだと臭くなるから気を付けて下さいねって感じかな!」
「分かったー。女の子が臭いとか、イヤだもんね」
「助かったよ、ニコレッタ。んじゃ、俺達はこのまま出かけてくる」
「……なんかお二人とも、おねむな感じっぽいですけど。でもワケありっぽいからなあ。私が何か言うのも野暮ってもんですよね。……ただねえ、クリフさん」
ニコレッタは簡易ベッドの近くにある小物入れを漁り、俺に瓶を渡してきた。
これは多分、香水だと思う。
「すっ…………ごい女臭いというか、生臭いです、あなた! とりあえず、それ使って下さい。使い方、分かります?」
「分からん。教えてくれ」
「もう、しょうがないなあ……。一応、匂いは控えめのやつなんで」
香水をたっぷり使い、匂いの方は解決。
テントから出た俺とマリカは、ロメオを探した。
他の劇団員と雑談中だったらしく、彼の周りには人が集まっていた。
話の腰を折るのも悪いが、報連相は大事だ。
設定としては護衛役。それなりの態度で振る舞う。
「それじゃあ、ロメオ様。俺達はちょっと、出かけてきますので」
「うん、分かった。宿までの帰りは劇団員に送ってもらうから、心配しないでくれ」
ニコレッタ以外の劇団員は、俺とマリカの正体を知らない。
ロメオと別れ、目的地の白百合亭に向かう。
入国初日に場所は調べてあるので、特に迷ったりはしなかった。
「……あそこか」
「……うん。酒場だし、この時間は閉まってるみたいだね」
白百合が描かれた看板。
街外れの酒場であるその店は、静かな空気に包まれていた。
一度、店を素通りしてから物陰に隠れる。
店の入り口脇にある花壇を、一人の老人が手入れしていた。
男だ。年は60代くらいに見える。
「……ちょっと、《感応》使ってみるね」
「……任せた」
マリカの反応に注目していると、彼女は目を丸くした。
どうやら、当たりらしい。
「うーん。……ひとまずアタシだけで行って、話しかけてみようかな」
「……大丈夫か?」
「まあ……多分。エリノア王女の配下に聞いて、ここに来たよって言ってみる。あと、あの死んじゃった子の見た目とかも……情報として必要かな?」
「そうだな……。あいつ結局、名乗らなかったから」
「おーけー。行ってくるぜい」
マリカの背中を見送りつつ、俺自身は周囲に動きが無いか気を配る。
しばらくすると帰ってきた彼女に手招きされたので、二人で老人の元へ。
「先ほど、そちらの女性から事情を伺いました。……スタリオン卿で間違いありませんか?」
「そうだ。ここじゃクリフって名乗ってるが」
「アタシはマリカ。こっちだとジェナだよ」
俺を見る老人の顔に、一瞬だけ驚きが走り、その後すぐ安堵に変わった。
老人は腰の鍵束から一本選び、手慣れた様子で店のドアを開ける。
「さあ、お二方。まずは中へ。落ち着いて話が出来る場所が必要でしょう」
カウンターの椅子に座ると、透明なグラスに注がれた水を出された。
底には薄切りのレモンが沈んでいる。
どうするか迷っていると、マリカがごく普通に口を付けた。
「だーいじょうぶだって、ソウちゃん」
「……ま、そうだな」
微かな酸味が、喉を通り過ぎていった。
老人も水を一口飲み、本題に入る。
「この度は我が国の近衛侍女救出に動いて頂き、誠に有り難う御座います。……あなた方の元へたった一人、辿り着いた少女──我々の間では、《揚羽》と呼ばれていました」
……《揚羽》か。
本名も名乗らず、最後まで役目を果たして死んでいった。
どんな生まれかは分からない。
だが、エリノアに拾われてからは、あいつなりに誇りを持って働いてたんだろう。
「俺達の所へ来るまで、大変だったみたいだな。エリオドロ教皇に聞いたよ」
「事の顛末は、こちらでも把握しています。犠牲は大きかった。ですが……フェリクス将軍を討てた意義もまた、大きい」
「そこはマールにとっても、思いがけない朗報だ。お互いに最善を尽くし、アルマとイライザを救出しようじゃないか。……彼らへの手向けにもなる」
「ええ、そうですね。あなた方に、王女の影の一員を紹介させていただきます。私のような老いぼれは、ここから先は足手まといになるでしょうから」
「ああ、助かる。……お前達のような存在は、ノヴァリス国内にどの程度いる?」
「それなりには。とりあえず、近くの花屋などは仲間が経営しています。彼は王女の影の一員ですので、早速ここへ呼んできましょう」
……エリノアもあれでなかなか、腹黒いというかなんというか。
まあそれでこそ、我が盟友だな。
前途多難と思っていた今回の作戦だが、少しずつ希望が見えてきた。
敵地のど真ん中。
だが、やりようはある。
アルマとイライザに再会した時、どんな第一声が相応しいか。
今から考えとこう。




