23話 交換条件①
パルティーヤ共和国・首都ヴァレンツァ。
いい馬を飛ばして、宿や村で休みながら四日。
なんだかんだで、パルティーヤを訪れたのは一年ぶりくらいだ。
街の浮ついた雰囲気に惑わされることなく、ダランテ家の別邸を尋ねた。
応接室で、友人と久し振りに向かい合う。
こっちは急ぎの話だが、何事にも順序がある。
「しかしまあ……こうして会うのも半年ぶりですよね? ソウマさん、ますます風格が出てきた」
「そうか? そういうロメオも、いよいよ父親から家督を継ぐって話じゃないか。評議会、頑張れよ」
「いやあ……僕は、商売が好きなだけだからなあ。それに、まだ評議会に入れると決まったわけじゃありませんから」
「投票で決まるんだろ? 特に何も無ければ、繰り上がりみたいなもんだろ」
政治の話には興味が無いらしい。
マリカは隣で紅茶と茶菓子に夢中だ。
ノヴァリスに着いたら、忙しくなる。
今くらいは好きにさせてやるか。
「それで、本日はどんな要件で? 直接ここを尋ねるってことは、それなりに重要なお話……ですよね?」
こちらが話を切り出す前に、先手を取られてしまった。
交流はあるが、相手は商売人。
差し出す土産によっては、断られてしまうだろうな。
「……俺とマリカを、ノヴァリスに入国させて欲しい。顔を知られているだろうから、変装して行くつもりだ」
他国の機密もある。詳細は伏せた。
ロメオは目を丸くしながら、顎に手を添えた。
「……本気ですか? あなたが、あの国に行くというのは……」
彼は押し黙り、俺を見つめた。
裏がある話だというのは、察してるはず。
全ては話せない。それでも、筋は通したかった。
「ソウマさん。あなたは僕に、何を差し出せますか? それ次第です」
「……俺が提案するのは、街道の整備。マールからパルティーヤの間だ。完成したら、ダランテ街道と名付けよう。こっちの懐事情もあるから、時間は必要だが」
「なるほど。我が家の名声も上がりますし、二国間の経済も活性化する。私だけじゃなく、ソウマさんにも利益がある──いい話だ」
鋭い視線を向けるロメオは、商売人の顔をしていた。
だが、それはやがて引っ込んだ。
「……ソウマさん、こういうのはどうです? 街道に関しては、僕が人もお金も集めて、完成させましょう。その代わり──僕の姉と、結婚して欲しい」
「ぶふっ! ……ごほっ、ごほっ……!」
俺の隣で、マリカが紅茶を吹き出した。
「汚いぞ、マリカ」
「……けほっ、けほっ……いやいや、いきなり結婚の話とか驚くっしょ!? ソウちゃん、アタシともまだ結婚してないし! そんな話、認めるわけ──」
「ロメオ、その話乗った」
「本当ですか!? ソウマさん、ありがとう!」
「はあああああ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐマリカを落ち着かせてから、ロメオの話を聞いた。
家の話は、前から耳に入っていた。
「僕の姉は、とても優秀でした。ですが、跡目争いに僕が勝ってしまってからは、ずっと部屋に籠もりっきりで……。姉には、自由に生きて欲しいと思っています」
「そういう理由なら、俺以外の人間と結婚させるのがいいんじゃないか?」
「……まあ、それについては……ちょっとだけ、話してみます? この別邸の、二階に住んでいるので」
「へえ、そうなのか。こういうのは本人の気持ちも大事だろうし、話を聞いておきたいな」
「分かりました。じゃあ、ちょっと待っててくださいね」
ロメオが離席して、マリカと二人きりになった。
横から視線を感じるが、無視しとこう。
それにしても……結婚、か。
俺は既にグラーネ、ターニャと結婚している。
多分、二人から反対意見は出ないだろう。
問題は、ロメオの姉がマールに上手く馴染めるかだ。
(……まだ話も決まってないし、今から考えても仕方無いか)
手持ち無沙汰に紅茶で唇を湿らせていると、部屋の外から足音が聞こえてきた。
姿勢を正し、マリカに呼び掛ける。
「……いいか? 余計な事を言うなよ」
「……はーい」
応接室のドアを開けたロメオが、意地の悪そうな顔で入ってきた。
「ほら、姉貴。紅茶が冷めちゃうからさ」
「はいはい。それで? 珍しいお茶菓子……ってのは……」
ぼさぼさの、長い金髪。
青緑の目。弟と一緒だ。
白いネグリジェを纏った、小柄で大らかな体型。
そんな彼女が──プリシラ・ダランテ。
俺と目が合った彼女。
両手を頬に付け、口を開けた。
「……うぎゃああああああ!!」
「おっと! ここは通さないよ、姉貴」
「このっ! どきなさいっ! バカ弟っ!」
ドアの前に立ち塞がる弟に対し、ぽかぽかと腕を振り回しながら暴れる姉。
……なんか、子供の喧嘩みたいだな。
まあ商人の家だし、こんなもんか。
「仲が良いのは結構だが、時間が惜しい。二人とも、座ってくれ」
「諦めなよ、姉貴。ソウマさん、いい人だからさ。嫁ぎ先としてはいいと思うよ?」
「とっ……嫁ぎ先ぃ!? あんた、勝手に……とりあえず、着替えてくるから」
「逃げようとしても、無駄だからね? 使用人に言って、見張らせる」
「……ちっ」
肩を怒らせながら出て行くプリシラ。
うん。猫被ってるよりは、やりやすい。
おまけに、同い年だとか。
グラーネもターニャも俺より年上だから、意外にいい相手かもしれない。
……その辺りはまあ、プリシラ次第だが。




