22話 平穏と血の報せ②
ジョエルの村の近くには、ユヅルの希望で診療所を建てている最中だった。
本当はそっちに運びたかったが、まだ使える状態じゃない。
なので、大森林から一番近いこの村に女を運ぶことにした。
新しい入居者の為に用意されていた家。
掃除もしていて、ベッドも清潔だった。
マリカと共に到着したユヅルに、女を看てもらった。
だが──いくらユヅルが《医術》の神能を持っていたとしても、あの容体に対して出来る事はほぼ無いだろう。
俺とマリカは、家の前で待っていた。
「……ソウマ、お前は中に。話がしたいそうだ」
ドアから顔を覗かせたユヅルに、声を掛けられた。
あの女、意識を取り戻したのか。
「……助かるのか?」
ユヅルは首を振るだけだった。
──まあ、そうだよな。
「どうしても、伝えたいことがあるのかもね。ほらソウちゃん、行っといで」
マリカに背中を押され、家の中に入る。
ベッドの前の椅子に座り、女を見つめた。
俺の視線に気付いたのか、女は目を開け、僅かに顔を傾けた。
「あなたが……スタリオン卿ですか……?」
「ああ。何か俺に……言いたいことがあるのか?」
女は、絞り出すように言葉を紡ぐ。
これが最期。ただ、彼女の言葉を聞こう。
「お願いです……どうか……アルマさんとイライザさんを……助けてください……」
予想外の人物の名前──俺は目を見開いた。
「君は……リヒトブリックの人間なのか……? だが、なぜ俺に……」
「お二人はノヴァリスで……恐ろしい場所に囚われています……姫様が動くことは……難しいのです……」
「……政治的な理由、か」
ノヴァリス神聖王国という国については、ある程度調べている。
色々と、面倒な国である事。
かの国の国教において《種馬》の神能を持つ俺は、悪魔のような存在である事。
そんな事情を、彼女は多分知っている。
それでも、俺を頼った。
頼る以外、方法が無かった。
多くの犠牲を払い、ここまで辿り着いたんだろう。
「ノヴァリス王都にある……『白百合亭』……そこに……私たちの仲間が……」
「……」
言葉の代わりに、彼女の手を握った。
それだけ。
それだけなのに、何故か彼女は微笑んだ。
「……良かった……」
目は閉ざされ、一筋の涙が零れた。
力が抜けた指先。
水差しの水でハンカチを湿らせ、彼女の顔を清める。
家から出て、ユヅルの肩を叩いた。
「ありがとう、ユヅル。助かった」
「……ああ」
空を見上げ、名も無き彼女を見送る。
──良かった、か。
初対面の俺に、なんともずるい言葉を残しやがった。
(帰ったら、グラーネと大喧嘩だな……)
屋敷に帰る途中、マリカに“旅行”の計画を話した。
案の定、乗り気だった。
……気楽でいいよな、お前は。
屋敷に帰ってから、グラーネに何があったか説明した。
そして、これから俺が何をするつもりなのかも。
ここ最近、機嫌が良かった我が妻は、今じゃすっかり無表情になっていった。
現在、俺の書斎には四人。
俺、グラーネ、マモル、マリカ。
「……」
「……」
「……」
「……」
誰も言葉を発しない。
この状況を生み出したのは俺だから、俺がなんとかするしかない。
「なあ、グラーネ。確かに、俺がやろうとしてる事は正直、馬鹿げてる。でも、俺なりに考えて決断した。時間も限られてるし、今日中にマールを出国するぞ」
「……ま、まあ……アタシもついてくから……たぶん、だいじょ──」
マリカの発言は、テーブルに拳を叩きつけたグラーネにより遮られた。
「駄目だ、許さん。どうしても行くというなら、ソウマ。お前の手足をへし折らせてもらう」
「……はあ。こっそり行けばよかったか」
「ふざけるな!! ……どうしたというんだ、ソウマ。お前らしくもない……!」
そんな夫婦喧嘩を見かねて、親友が助け船を出してくれた。
「ねえ、ソウマ。もう少し、説明したらいいんじゃないかな。そしたら、グラーネさんも納得すると思うんだ」
「説明といっても……『俺とマリカで、パルティーヤ共和国を経由してノヴァリス神聖王国に入国。協力者と共に、侍女二人を救助』。最初からそう言ってるだろ?」
俺は両手を広げ、困り果てた。
これ以上、どう説明すればいいんだ。
「それは手段、目的だろう! 理由を言え! ……まさか、死んだ女に絆されたなどと本気で言うつもりか!?」
「理由は一つしかない。エリノアのを守るためだ」
「……だから、それを詳しく話せと──!」
荒ぶるグラーネを片手で制止し、息を吐いた。
俺もこいつも、感情より理屈を重んじる価値観の持ち主。
時間を惜しみ、その辺りの説明を省略してしまった。
「この国が上手く立ち回っていくには、リヒトブリックの次期女王であるエリノアの存在が必要不可欠だ。あの侍女四人の代わりを見付けるのは、正直難しい。お前もそう思うだろ?」
そこで俺の意図にほぼ気付いたのか、グラーネは顔を背けた。
もう少し聞かせてみろという態度だ。
数年前、エリノアの別荘で彼女達の戦いぶりを見た。
もし他の近衛侍女に代わり、エリノアの護衛に失敗したら。
この国は、アドラーとノヴァリスによって滅ぼされる。
「今回、俺自身が行く事で、ノヴァリス国内にいる反体制派と繋がりを持てるかもしれない。試してみる価値はある」
「……ふっ。まるで、ボズウェルみたいなやり方だな」
「そうだ。普通のやり方じゃあ、マールは守れない。だったら、なんでもやる。……頼む、行かせてくれ」
グラーネは髪をかき上げ、ソファに背を預けた。
唇を引き結んだまま、しばらく窓の外を見ていた。
やがて、彼女の中で気持ちがまとまったのか、こちらに向き直る。
「最後に、もう一つだけ聞かせろ。……パルティーヤからノヴァリスへは、どうやって入国する? この国にも、ノヴァリスの間者はいるだろう。恐らく、お前の顔は覚えられているぞ」
「パルティーヤの名家ダランテ──そこの長男に力を借りる。劇団持ちだろ? 変装して、一緒に連れてってもらう」
以前、アドラーのグウィネス女王に対する噂話も広めてもらった。
あいつは若いが人脈も広く、立ち回りも上手い。
借りばかり作っているから、そろそろ対価を差し出す必要はあるが。
「相変わらず、よく小細工を考えるな。……帰ってこい、必ず」
どちらからともなく二人でソファから立ち上がり、抱き締め合った。
しばらくの間そうして、出国の準備を手早く済ませた。
俺とマリカを、屋敷の前でみんなが見送ってくれた。
家族と、ジンバールの家臣達。
マモルをはじめ、居合わせたクラスメイト。
「ターニャとフィオナには、上手く言っておいてくれ。……あと、オーレリアにも」
「ははっ、女の名前ばかりだな! ……ほら、お前達も」
寂しげな表情の子供達。
一旦、馬をマリカに任せた。
三人の前でしゃがみ、しっかり抱き締めてから立ち上がった。
「……父さん、ちょっと知り合いを助けてくる。いい子にしてろよ」
「そんじゃみんな、行ってくるねー!!」
屋敷を後にした俺とマリカ。
マール大要塞を抜け、パルティーヤ共和国へ続く街道をひた走った。
マリカに気取られないよう、胸に手を当てた。
不安はある。恐怖も。
(……別に、お前のためじゃない。だから、俺が死んでも気にするな)
死んだあの女の事は、ひとまず頭の外へ。
最優先に考えるべきは、アルマとイライザだ。
恐らく、これが俺のやるべき事なんだろう。
人としてか、為政者としてかは分からない。
何かに突き動かされている。
その何かを──ついでに探しに行く。
それくらいはいいだろ?




