22話 平穏と血の報せ①
気付けば、ボズウェルとの争いから半年が過ぎていた。
アドラーはグウィネス女王に全権が戻り、体制の再編中。
マール国内では、ヴォルック家に《親帰り》が生まれた。
我が妻の家である、ジンバール家との争いが再燃。
問題は山積みだが、不思議と平穏な日々が続いている。
その日、俺は朝食を済ませ、書斎で軽く書類に目を通してから休息を取っていた。
(……もう少し休みたいが、そうもいかないか)
体を起こし、それなりの格好に着替えた。
雪はほぼ溶けたが、日陰にはまだ少し残っている、そんな季節。
外に出ると、グラーネと共にレオナルド、ユリウスが朝から稽古に励んでいる。
あと一年ほど情操教育が必要だと思っていたが、子供達からは日々おねだり。
結局、親である俺達が折れた。
「ちょっと、ジョエルの所に行ってくる。それと、高炉の現場も確認しておきたい」
「ああ、分かった。一応、誰か護衛を連れて行け」
護衛と言っても、マモルかマリカのどちらかになる。
この前はマモルだったから、今日はマリカに頼もう。
「ちちうえ、おきをつけて!」
「いってらっしゃい、とうさん!」
子供達に手を振り、近くの生産拠点に向かった。
この時間なら、多分あそこにいるだろう。
他のクラスメイトから居場所を聞き、アキナのアトリエを訪ねた。
「ソウマだ。ここにマリカがいるって聞いたんだが……」
「入っていいでござるよ、ソウマ殿〜」
ドアを開けると、室内にはアキナとマリカ──そして、娘のモニカがいた。
アトリエの中央で、モニカが紙に絵を描いている。
それを大人の二人が見守るという構図だ。
「あっ、おとうさま!」
モニカは俺を見るなり、駆け寄ってきた。
しゃがみ込み、娘を抱き上げてからマリカに話しかける。
「マリカ、悪いが護衛を頼めるか? ジョエルの所と、高炉を見に行きたい」
「おっけー! ……あっ、その前にほら、これ。モニカちゃんが描いたの!」
マリカが両手で広げた紙には、青い花が描かれていた。
年相応の……いや、なかなか良く描けている絵だと思った。
親馬鹿と言われたら、それまでかもしれないが。
「いやはや……元美術部としても、モニカちゃんの画力には驚きを隠せませんぞ」
相変わらず、変な喋り方を続けているアキナ。
モニカを腕から下ろしてやると、アキナの元に戻っていった。
「なんというか、お前に懐くとは思わなかったよ。……最初、かなり警戒されてたよな?」
「ふっふっふ。今ではマブダチですからな」
「うん。アキナさん、おもしろいからすき! それと、いいおんなだから」
「……そうか。しばらくの間、モニカを頼む」
また、変な言葉を教えたな……。
まあいい。俺は肩をすくめ、アキナに娘を任せた。
「それじゃ、アタシたちはデートだね!」
「はいはい、さっさと行くぞ」
一度、屋敷に戻ってから馬に乗った。
ウェヌスの神殿の先の森を抜けると、平原が見えた。
以前、この場所には火薬の研究施設があるだけだったが、今は違う。
ボズウェルの私兵と、その家族が暮らす複数の村。
それと、最新の耐熱レンガを使った高炉が建っている。
肝心のジョエルは、すぐに見つかった。
村から集まった兵達と、簡易的に作られた練兵場で鍛錬に励んでいた。
マリカと共に馬を繋いでいると、ジョエルの方から挨拶に来た。
「おはようございます、ソウマさん! それと、マリカさんも!」
「おはよう、ジョエル」
「おはよー!」
他の兵達がこちらに視線を向けていたので、大声で呼び掛けた。
「俺達の事は気にせず、各自鍛錬に励んでくれ!」
「……おおっ、なんかリーダーっぽいじゃん」
「一応、そういう立場だからな」
アドラー帝国からやって来た、ジョエル達とその家族。
心配していたが、今のところ問題は起きていない。
彼らは最初、マール連邦のゆったりした空気に戸惑っていた。
しかしこの国に慣れてきてからは、他の亜人達とも少しずつ交流し、自分達の居場所をきちんと作ろうとしている。
「お前達は真面目だし、評判も良くて助かってるよ。最近、何か変わった事は?」
「そうですね……あっ! そういえ今朝、マール大森林の方から馬が歩いてきたんですよ。それも、鞍付きの」
「……鞍付き? それは……確かに変だな」
「はい。なので、少し前から数十人規模で大森林の中を調べています。一応、馬は村で保護しました。鞍と、馬の体に……血が付いてました」
腕を組み、溜め息を一つ。
勘弁して欲しいが──すぐに対応が必要だ。
正直、馬を発見した時点で報告して欲しかった。
まあ、これは俺の落ち度だ。
「……分かった。マリカ、高炉は無しだ。このまま大森林に行く」
「いいね、なんだか面白くなってきた! あそこは足場が悪いから、馬はここに繋いでおく感じ?」
「ああ、そうなるな」
お気楽な様子のマリカを連れ、馬の主を探しに行く事になった。
生きていようが、死んでいようが厄介事。
とりあえず、猪や狼に出くわさないよう願った。
マール大森林には、何度か入った事がある。
既に数十人が捜索中の為、森の中は静まりかえっていた。
動物たちの緊張が、こちらに伝わってくるような感覚。
(……俺とマリカの《感応》のせいか。悪いな、なるべく早く出て行くよ)
高く伸びた木々が空を遮り、日が昇っても薄暗い。
足元には石が埋まり、油断すればすぐに足を取られる。
《豊穣王》オーウェンが残した、天然の要塞。
「……みんな、周囲の警戒をしっかり頼む」
「了解です!」
もし、相手が生きていた場合。俺とマリカだけで運ぶのは難しい。
救助を考え、ジョエルとその部下数名を同行させていた。
組み立て式の担架も用意してある。
──だが、見つからなかった。
先行して捜索していた者達と合流し、話を聞いた。
血痕も、見当たらなかったという。
「……多分これ、アタシと同業者じゃないかな? 大怪我してて、どっか隠れてる」
「やっぱり、そうだよな。……二手に分かれて、《感応》で探そう。弱い反応に当たったら、そこを重点的にだ」
マリカと別れる事に若干の不安はあるが、このままじゃ埒が明かない。
何かあれば持ってきた笛で連絡する事を決め、捜索を再開した。
しばらくすると、遠くから笛の音が聞こえた。
俺達は転ばないように気を配りつつ、現場へ急いだ。
「こっちこっちー!」
手招きするマリカの元へ辿り着くと──いた。
顔を真っ白にした、痩せた女。背は、女性としては高め。
腹部が真っ赤に染まっている。
血の匂いが薄い。
ここは動物も多いし、匂い消しだな。
「……生きてる、のか?」
「うん、一応。でも……長くはなさそう」
「担架に乗せよう。マリカ、ユヅルに連絡してくれ。この女はジョエルの村に運ぶ」
「分かった、ジョエル君の村だね!」
見た感じ、出血が酷い。
俺に出来る事と言えば、上着を被せてやるくらいだった。
(血液型の判別。準備を進めていたが──もう少し早く取り組んでいたら、こいつは助かったんだろうか)
そんな感傷を抱きつつ、村へ急いだ。




