21話 影は見ていた②
深夜のサンクト・ノヴァリス南門。
民が寝静まった時間帯とはいえ、兵士達は夜も街を守っていた。
緩みきった空気の中、彼らは今日も職務に励む。
「冬が終わったばかりだと、流石にこの時間は冷えるな」
「だな。もうちょっと薪を足すかあ」
「……ああっ! くそっ、また負けかよ!? 強すぎだろ、お前……」
「へへっ、毎度!」
兵士達は焚き火に当たりながら、絵札を使った賭け事に興じていた。
そんな彼らに、交代の時間を告げる四人の兵士が歩み寄る。
「お疲れさん。あんたらは休んでいいぞ」
「お? ああ、そうさせてもらうが……少し早いんじゃ──」
四つの剣が閃き、門を守る兵達は倒れた。
死体は素早く隠され、開門作業はすぐに終わった。
「……なあ、《鴉》さん。あんたの後輩って、正直どうなんだ?」
「《揚羽》か? 腕は悪くないと思うぜ。その証拠に……ほら、な」
仲間の質問に対し、《鴉》は王都を指差した。
街の各地──厩舎から火の手が上がっている。
最寄りの厩舎は無傷で、脱出の際に必要な馬の数は足りている。
「なるほど、確かにいい手際だ。……若い奴らも、ちゃんと育ってんだなあ」
「だろ? ……悪い、ちょっと鎧脱ぐの手伝ってくれ」
身軽になった《鴉》の元に、ノヴァリスの鎧に身を包んだ《揚羽》が合流した。
鎧を脱ぎながら、現状報告をする。
「お疲れ様です、《鴉》さん。破壊工作は成功しました。後はここから二手に分かれて、時間稼ぎの組と関所突破の組で別行動ですよね」
「そんな感じだな。それじゃあ、とっとと……ちっ、意外に対応が早いな」
こちらに向かってくるノヴァリス兵が十人ほど。
住宅街を駆ける彼らに、頭上から矢が降り注ぐ。
足を止めた兵へ、《鴉》たちが下から襲いかかった。
上と下からの連携により、こちらは軽い手傷だけで済んだ。
屋根上から降りた数人の仲間。
白百合亭の主人もそこにいた。
「じいさん、やるねえ!」
「若いもんにはまだ負けんさ。ほら、嬢ちゃん。持って行きなさい」
《鴉》のお世辞を軽く流した老人は、持っていたクロスボウと矢筒を《揚羽》に渡した。
「ありがとうございます。……でも、いいんですか?」
「儂はここまでだと、皆に説得されてね。……老人らしく惨めに生き残って、今後もリヒトブリックの為に働かせてもらうさ」
「……それも、立派な仕事だと思います。どうか、お元気で」
老人が去った後、脱出する側の人員は無事集まった。
合計九名、欠員無し。馬に跨がり、影と協力者達は門をくぐった。
夜風を切り裂きながら、《鴉》は呟いた。
「……ちょっと、上手く行き過ぎだな。こういうのは、反動が怖いぜ」
「何か言いましたか? 《鴉》さん」
「いや、何でもない! お前ら、馬の体力には気を配れよ!」
疲労で走れなくなった馬を乗り捨ててからは、ひたすら走った。
全員、滝のような汗を流し、体力の消耗も激しかった。
《鴉》とその一行は離れた場所から、関所の様子を窺う。
「はあ……はあ……ようやく、ここまで辿り着いたぜ……流石に、少し休むか……」
ノヴァリス神聖王国から、マール連邦にもっとも近い関所。
長く平和が続いたこの大陸では、関所ですら警備が甘くなる。
ましてや、ノヴァリスから見て軍事的脅威の低い場所となれば、なおさらだった。
といっても、膨大な量の金貨と宝石を所有するノヴァリス。
石造りの丈夫な関所は、素通りを許してはくれなかった。
「……あるのは壁と門、兵舎と厩舎。持ってきた爆薬を上手く使えば、突破出来なくもないか……」
《鴉》は建物の大きさから、敵の規模を推察した。
恐らく、多くて十五人。それなりに現実的な数だ。
「……《鴉》さん、あの背の高い男が見えるか? もしかしたら……っ!」
仲間の中で一際、夜目が効く男。
彼の興奮した様子を見て、《鴉》は目をこらした。
門を照らす松明の側で、兵と談笑する男。
確かに、見覚えがあった。
ノヴァリス軍で一、二を争う武力と人望の持ち主。
「フェリクス将軍……っぽいな。僻地で勤務する兵への慰労ってか? 最後の最後に大仕事が舞い込んできたぜ……!」
今までの疲れが吹き飛ぶような驚き。
他の兵と違い、フェリクス自身は鎧を身につけていなかった。
彼の象徴である、双剣を腰に下げてはいるが。
「……鎧無しなら、やれるでしょうか?」
緊張した面持ちの《揚羽》。
皆の視線が《鴉》に集まる。
「決めた、やるぞ。《揚羽》は俺について来い。他の奴らはゆっくりと散開。いいか? 闇に溶け込め。こっちが合図するまで、気取られるなよ」
荒い息が止む。
各々は下げていた黒布を引き上げた。
即席の部隊。だが、仕える国は同じ。
地面を這うように進み、奇襲の機会を狙う。
それぞれが配置に付くと、《揚羽》はクロスボウを構えた。
他の者達は弓を引き、合図を待つ。
月明かりの下、《鴉》は手を振り下ろした。
「ぐあっ!」
「がっ!」
「てっ、敵襲!! 敵襲っ!!」
放たれた八つの矢。
二つ逸れ、六つが兵の喉と胸を貫いた。
影達は立ち上がり、前進しながら次の矢を番える。
《鴉》は目まぐるしく視線を動かし、攻めどころを探った。
「突っ込むぞ、《揚羽》!」
「はい!」
狙ったのは、三人の弓兵。
飛来する矢を躱し、剣と短剣で喉を切り裂く。
戦況を確認しようと、二人は振り向いた。
「……化け物かよ」
「……」
油断は無かった。
奇襲も上手くいった。
転がっているのは、七人の仲間。
しかし、仲間達は倒れながらも、確かに敵を削っていた。
残る敵はフェリクスと、一人の弓兵。
二人の影は弓兵に向け、同時に暗器を放つ。
しかし、双剣がそれを打ち落とす。
「……どこの鼠だ、貴様ら」
「さあな。頑張って捕まえてみろよ」
目で合図し、作戦は決まった。
二人で斬りかかる──そう見せかけて、《揚羽》はフェリクスを横切った。
弓兵の胸に短剣を突き刺す。
同時に、腹のあたりに熱を感じた。
《揚羽》は顔をしかめながら、視線を落とす。
弓兵は矢を番えるのを諦め、手にしていた矢をそのまま脇腹へ突き立てていた。
──問題、無い。残るはフェリクスのみ。
「……強えなぁ……あんた……」
全身を切り刻まれた《鴉》は、膝から崩れ落ちた。
フェリクスが右手を閃かせ、《揚羽》はそれを受ける。
手の痺れと共に、短剣は弾き飛ばされた。
「自害しろ、女」
《揚羽》の足元に、銀の短剣が投げられた。
フェリクスなりの慈悲。
そんな彼の背後で、影が膨れた。
「……《鴉》さん!」
フェリクスの背にしがみつく《鴉》。
硫黄の匂いが鼻をつき、《揚羽》はその行動の意味を理解した。
即座に距離を取り、門を開けに走った。
「離せ、鼠」
「へへっ、硬いこと言うなって。……ところでよお、なんか……焦げ臭くねえか?」
「……あの第一王女の手下か……お前達が羨ましいよ。そこまでの忠義、私も持つ相手が欲しかった。良ければ、名を教えてくれないか」
「……俺は影。ただの影さ」
爆発音が鳴り響き、《鴉》とフェリクスは血煙の中に消えた。
その光景を見届けた《揚羽》は腹部に刺さった矢を折り、布できつく縛った。
こみ上げた血を吐き出し、ふらつきながら厩舎へ向かった。
鞍に跨がり、関所を越える。
馬が走るたび、震動で顔が歪む。
それでも、手綱は離さない。
「……このまま、海岸沿いにマールへ入国。その先のマール大森林を抜ければ、スタリオン卿に会える……はず……」
会わなければならない。
会う。絶対に。
アルマさんとイライザさん。
二人を、取り戻す。
《揚羽》は前へ進む。
夜明け前の空が、うっすらと白み始めていた。




