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【更新日は月・水・金・日】グローリー・スタリオン ―亜人国家に流れ着いた俺は、平穏のために大陸の覇権を争う―  作者: 桐沢清玄
第3章 二人の侍女

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21話 影は見ていた①

 《鴉》と《揚羽》は麦畑に身を伏せながら、屋敷の様子を窺っていた。

 

 まだ若い麦は、伏せた体を完全に隠してくれるほど高くない。

 それでも夜の闇とうねの影に身を沈めれば、遠目には人の姿など分からない。


「……こりゃあ、一大事だ。なあ、《揚羽》。あの二つの荷馬車、積み荷は何だと思う?」


 ただでさえ肌寒い夜だというのに、その光景は《鴉》に冷や汗を生じさせた。

 後輩のひよっ子に対し、実地訓練の一環として問題を出す。


「……片方はアルマさんとイライザさん、ですかね。もう片方は……お二人が持ち込んだ商材でしょうか?」


「五十点。まあ俺の予想でしかないが、多分もう片方は御者の死体だな。あ、近衛侍女の二人は流石に生きてると思う」


「っ!! なら、二手に分かれて行き先を……!」


「馬鹿たれ、焦るな」


 後輩の額に手刀を浴びせた《鴉》は、考えた。

 ──救出は困難だし、理性はこう告げている。

 あの二人を見捨てて、撤退すればいい。


 ……本当に?

 本当に、それでいいのか。


 王女を守るあの四人は、戦闘面でも腕が立つし仲もいい。

 もし、誰かが欠けて代わりの人員を投入したとして──果たして機能するのか。

 《鴉》はそれなりの年数、彼女達を見てきた。


 直感が訴えている。

 見捨てるべきでは無いと。


「……くそっ。おい《揚羽》、お前はどうすべきだと思う?」


「……私は、お二人を助けたいです。昔、私が処罰を受けそうになった時、庇ってくれたのがアルマさんとイライザさんでした。恩を返すなら、今だから」


「なるほど、恩か。……だがな、《揚羽》。今回の件、時間との勝負だ。もしあの二人を助けようとしたら、俺とお前だけじゃない。それなりの数が死ぬ」


 《鴉》は《揚羽》の両肩を掴み、もう一度問いかけた。

 リヒトブリックに残した家族の顔が、ふと脳裏をよぎる。

 だが、それは一瞬のことだ。彼は王女の影──その長だった。


「お前の覚悟を聞かせろ。俺や他の仲間を巻き込んででも、あの二人を救いたいか」


「……すみません、《鴉》さん。一緒に死んでください」


「はははっ! よく言った、んじゃ行動再開だな」


 二つの影は、事前に周囲の村を調べていた。

 農民に扮した間者仲間の家で休息を取り、明るくなると農作物と共に王都の門をくぐった。




 白百合亭の地下。

 《鴉》と《揚羽》を囲むように、人が集まっていた。

 彼らは全て、リヒトブリックに忠誠を誓う人間だ。

 現役の者と、引退した者も含めると、全部で二十名ほど。


「結構集まったな。まあ人数的になんとか……足りるな」


「《鴉》さん、必要ならもう少し人を呼ぶぜ。その前に、何が起きて何をするのか──それを教えてもらいたいもんだが……」


 《鴉》は頷いてから、状況を話した。

 確定でない事項もあるが、もしそれが事実だった場合。

 すぐにでも行動を起こさなければいけなかった。


「エリノア王女殿下の近衛侍女を務める、アルマ嬢とイライザ嬢。それと、御者を務めていた男性。この三人が昨日、ヴァルゲスの屋敷で消息を絶った」


 ざわつく周囲を手で制止してから、 《鴉》は言葉を続ける。


「まあ、御者は殺されてるだろう。それで、肝心の近衛侍女二人だが──恐らく、闘技場行きだな。もちろん、“裏”の方だ」


 ある者は目を閉じた。

 またある者は歯を食いしばる。

 拳を握りしめる者もいる。


 そんな中、最年少の《揚羽》が口を開く。


「……あの、《鴉》さん。裏闘技場って、本当にあるんですか? 私たちでも、存在を確認出来ていませんよね?」


「潜入出来ていない──というのが正確な表現だな。珍しい“商品”を見世物にする場所らしいが」


 影達は今まで、この国で無数の貴族の屋敷に忍び込み、帳簿を確認している。

 桁が合わない。一桁、二桁どころじゃない。

 何かがある。けど、それが何なのか分からない。


 と、なると。

 この国で長く噂として存在する、裏闘技場の存在を疑うのはおかしくない。


「そんな状況だが、俺達が今から何をやるかっていうとだな? ……騒ぎを起こして、南門から馬で脱出。そのまま関所を突破して、マールにいるスタリオン卿に助けを求める」


「……私たちで、救出するんじゃないんですか!?」


 声を荒げる《揚羽》に対し、《鴉》の声はどこまでも平坦だった。


「もちろん、俺達も助けに行くさ。ただ、俺達だけじゃやれる事にも限度がある。そこで、スタリオン卿に動いてもらおうと思ってな。……例の件、急に静まっただろ? 調べた。彼が抱え込んだらしい」


「……知略と武力、その両方をスタリオン卿から借りようという作戦ですか」


「ああ。それにこの国にも、教義より利益を選んで彼と繋がりたい貴族や商人なんて山ほどいる。……まあ、安全なのは反体制派だな。有力者をスタリオン卿に紹介出来ればいいが」


 《揚羽》はまだ何か言いたいようだったが、ひとまず口を閉ざした。

 彼女から視線を外した《鴉》は手を叩き、次にやるべき事を皆に伝える。


「そんな訳だ。俺達は今から、あの手この手でノヴァリスの国境を突破する方法を考え、今日の夜中に実行する。……言い忘れたが、お前ら結構死ぬぞ」


 そこで初めて、笑いが起きた。

 誰も異論を唱えなかった。彼らは知恵を出し合い、奮起した。

 一番張り切っていたのは、この酒場を仕切る老人だった。


 準備を終えた彼らは解散して、ただの住人へと戻っていった。

 街は何も知らず、静かに夜を迎えようとしていた。

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