20話 囚われの侍女③
翌日。王都から離れた、閑静な場所。
麦畑に囲まれるヴァルゲスの屋敷に、侍女二人は御者と共に馬車で赴いた。
「ようこそ、お二方! お初にお目にかかります。私が現当主、アマンシオ・ヴァルゲスです。以後お見知りおきを」
「初めまして、アマンシオ伯爵。エリノア王女殿下の近衛侍女、アルマと申します。この度は我々を迎え入れて頂き、心より感謝申し上げます」
「同じく近衛侍女、イライザと申します。先代マルセロ様のご逝去に際し、謹んでお悔やみ申し上げます。今後とも、リヒトブリック王家と変わらぬご交誼を賜れましたら幸いに存じます」
「いやあ、お二人とも実に美しい! ささ、どうぞ我が屋敷へ。商談も大事ですが、まずは交友を深めましょう。……ドロテオ、お前は御者の相手を」
「かしこまりました」
馬車に積まれた商材は屋敷内に運ばれ、侍女二人と共に御者は手厚くもてなされた。アルマとイライザは応接室で、屋敷の主と談笑を交わす。
「……それにしても、最近はエリノア王女の勢いが凄いらしいですね? この国は教皇様がいらっしゃいますから、あまり政治的な混乱はありませんが」
「はい、アマンシオ様。最近だとジークベルト王子がグウィネス女王と結婚しましたので、正直ほっとしてます」
アマンシオの提案もあり、三人はそれなりに自然体で話していた。
肝心の商談については、明日行う予定だ。
「ははっ、なるほど。何かとお騒がせな王子だと聞きましたが、やはりイライザさんも安心してますか?」
「……どうでしょう? 確かに、ジークベルト王子は姫様の政敵でした。ですが私は、あの方がグウィネス女王陛下から受ける影響次第で、化ける可能性もあると思っています」
「ほう! 化ける……とは、どんな風に?」
「……分かりませんが、私はリヒトブリックにとって、良くない何かが起こるかもしれない。そう、思っています」
談笑が終わり、夕食前にアルマとイライザは豪華な浴場にて体を湯に浸ける。
──そんな無防備な二人を、覗き穴から窺うアマンシオがいた。
「……へえ。近衛侍女だけあって、引き締まった体だな。まあ俺の趣味じゃない。売るだけでいいか。それで、ドロテオ。御者はもう始末したか?」
「はい、問題無く。……アマンシオ様、本当によろしいのでしょうか?」
「うん? 何がだ?」
「いえ、その……相手は、次期女王の侍女でございますから……」
覗きに飽きたアマンシオは振り返り、小心者の家老を睨んだ。
「……お前なあ。別に、この国じゃよくある話だろ? 商談を終えて屋敷を出た後、行方不明になった。そう答えときゃいいよ」
前当主である父を毒で葬った時と同じように、アマンシオは暗い笑みを浮かべた。
「……さあて、こいつらはいくら稼いでくれるかな?」
夕食後、アルマとイライザは応接室で寛いでいた。
とびきり甘い茶菓子と、程よく苦みのある紅茶。
「夕食、美味しかったねー」
「……ええ、そうね」
だらけきったアルマとは対照に、イライザは無表情だった。
そんな同僚の様子を訝しんで、アルマはソファから体を起こす。
二人は身を寄せ合い、小声で話し始めた。
「……イライザ、何か考えごと?」
「……あの当主、なんだか怪しいわ。なるべく早く、この屋敷から離れるべきよ」
「……うーん、確かにちょっと変わってるけど……まあ、そうだね。明日、商談が終わったら、さっさとおさらばしよう。それまで我慢して」
「……そうね、分かったわ」
ドアがノックされ、二人は姿勢を正す。
屋敷で働く使用人により、銀製の大きな蓋付きのクローシュと、ワインのボトルとグラスが乗った台車が室内に運ばれる。
そこにアマンシオが現れ、恭しく一礼する。
「夜分遅くに失礼。お二方、ワインはお好きですか?」
「ええっと……じゃあ、一杯だけ……」
「……いただきます」
アルマとイライザは勧められるままに、ワインに口を付けた。
──喉を動かし、飲んだふり。
そんな二人の前で、アマンシオは手酌で自らのグラスにワインを注ぎ、一息で飲み干した。
爽やかな笑みを浮かべ、種明かしをする。
「ふふっ、ご安心ください。怪しい薬など入ってませんから。……ワインには、ね」
「「っ!!」」
遅かった。
夕食後に出された、とびきり甘い茶菓子。
それとも、紅茶か。
口に残っていた甘さが、全身を引っかき回す。
気持ちが悪い。意識が遠のく。
急いで立ち上がろうとするも、体に上手く力が入らない。
アルマは床に膝を付けながら、アマンシオを睨み付けた。
「……あんた……自分が何してるか分かってんの……?」
「ええ、理解していますよ」
アマンシオは台車のクローシュの蓋を開け、中身をゆっくりと持ち上げた。
それは、御者の頭部だった。
「なんて……酷い事を……」
イライザは手を伸ばして──そのまま意識を失った。
アルマは同僚に寄り添いながら、瞼を閉じた。
上質な“商品”が手に入り、屋敷の主はグラスにもう一度ワインを注いだ。
しばらくの間、忙しくなる。そう思うと、楽しくてしょうがなかった。
その夜、ヴァルゲス家から二つの荷馬車が出て行った。
その光景を遠くの麦畑から窺う影も、二つあった。




