34話 過大な対価と、合縁奇縁⑤
アルマとウルスラがこの国に滞在する最後の日。
今日は、屋敷の周りでのんびりと過ごした。
二人を生産拠点に連れて行って、クラスメイトと交流してもらった。
高校時代の俺についての話題が出た時は、必死に話題を変えようとしたが無駄だった。代わりに俺もみんなの黒歴史を思い出させてやった。
それと、アルマとマリカがいつの間にか仲良くなっていた。
時折こちらを見ながら、小声で話すアルマとマリカ。
何があったのかは知らないが、わだかまりは消えたみたいだ。
屋敷に戻って昼食を済ませた後は、農場に行った。
ミドリとターニャ、それとトビアスに農作業を教えてもらったり、ミレイユ達と鍛錬をしたり。
侍女二人は獣人の身体能力に舌を巻いていたが、楽しそうにしていた。良い刺激になったと思う。
ウェヌスの神殿に連れて行った後は、エリノアの別荘に。
俺が管理を任されているので、汚れていないか確認したかったらしい。
当然、その辺りは問題無い。
アルマとウルスラは、まるで小姑のように別荘中の汚れを探し回った。
だが、最終的には白旗を上げ、今後も別荘の管理を俺に任せると言ってくれた。
書庫の本はあらかた読み尽くしてしまったが、あそこにある本には歴史的な価値がある。しっかり管理していかないとな。
そんなこんなで、屋敷に帰った俺達。
夕食を食べ、身体を清め、アルマ達と最後の夜を過ごす。
ちなみに、ウルスラはグラーネの屋敷で寝るそうだ。
理由を聞くと、同僚の喘ぎ声を聞きたくないとか。
顔を真っ赤にしたアルマに追いかけ回されるウルスラは、楽しそうだった。
アルマの泊まっている部屋。
行為を終えた俺達は、ベッドの上で抱き合っていた。
……まあ、無難に終える事が出来たと思う。
薄暗い部屋の中で、鼻先が触れ合う距離。
俺の額の汗を指で拭ったアルマは、その指を俺の口の中に突っ込んできた。
同じ事をアルマにやり返したり、しばらくそんな感じでじゃれ合う。
「私ね、実は……初めて会った時から、ソウマくんのこと気になってたんだよね」
「……それ、本当か? あの時の俺なんか、ただの小生意気なガキだったろ」
意外な事実。
でも悪い気はしなかった。
今回助けたから、ってだけじゃないらしい。
「ふふっ、確かに! 今だって、何考えてるか分かんないしね。それでも……なんか気になるなって。いやらしい力持ってるくせに、女の子にがつがつしてないし」
「それは、まあ……単に俺が奥手なだけだな。向こうの世界じゃ、俺達みたいな世代は恋愛下手な奴が多くてさ。色々な問題が合わさって、子供の数もどんどん減ってたりする」
「そうなの? どこの世界も大変なんだねえ」
「その点、こっちの世界は楽だな。何もしなくても、女の方から寄って来るから」
「ていっ!」
アルマは俺の額を軽くひっぱたいてから、真面目な顔になった。
ころころ表情が変わって面白いな。
「……ありがとね、ソウマくん。これで私、お仕事頑張れそう。……さっきも話したけど、もし子供が出来たら産んでいいんだよね? 姫様にはいいよって言われてるんだけど」
「ああ。産んでくれたら、俺も嬉しいよ。……そうなった場合、子供はこっちで育てるのか?」
「どうだろう? ある程度大きくなるまでリヒトブリックで育てて、そのあとはマールとか。考えたくないけど、子供が人質に取られたりするかもだし……」
「マリアンヌやラファエルの他に、子供の護衛対象が増えるとなると大変か」
「うん。……男の子と女の子、どっちがいい?」
「まあ、どっちでも。元気に生まれてくれればいいさ」
「もちろん、それが一番だけどね。……私はどっちかというと、女の子がいいかな? お仕事がお休みの日は、一緒に服とか買いに行ったり」
そんな風に、二人で将来について話していた。
アルマが俺の胸に顔を埋めてきたので、そのまま好きにさせてやった。
だが、少し経ってから、彼女のすすり泣く声が聞こえてきた。
「……どうした? どこか痛むのか?」
「……ちょっと、考えちゃった。私、こんなに幸せでいいのかなって。やっぱり、気持ちの整理が出来てないのかも。……ごめんね、こんな時に」
「それが普通だろ。今回、お前は色々あったんだ。……ケイタが目の前で死ぬのを見て、俺も考えさせられた」
ケイタの名前を出した途端、アルマの身体がびくりとした。
顔を上げた彼女は涙を流し、後悔を滲ませている。
「……私さ……リョウヘイくんたちと戦うかもって考えて……わざとケイタくんにだけ話したの。自分の仕事とか、ソウマくんと知り合いだってこととか。そうすれば、いざって時に決心が鈍る子だって思ったから。……最低だよね、私」
アルマがそう考えてしまうのも理解できる。
ケイタの性格を見抜いていた点では、アルマの分析は外れていない。
結果として、ケイタはあの場所で命を落とした。
そしてアルマは、自分がケイタを殺したようなものだと後悔している。
「……なあ、アルマ。あいつの友人だった俺から言わせてもらうと、遅かれ早かれだったと思う。それに、あの三人から離れない選択をしたのもケイタ自身だ。そんな風に、自分を責めるな」
「でも……」
アルマを抱き締め、優しく言い聞かせる。
俺も完全に受け入れた訳じゃないが、あいつの友人だからこそ言える事もある。
──最後、笑ってたしな。
「ケイタの分も生きてくれ、それが何よりの弔いになる。俺もこの先、ケイタを忘れずに生きていくよ。……それと明日、マールを発つ前に《揚羽》の墓に寄っていくといい」
「……ありがとう、ソウマくん。《揚羽》ちゃんのお墓、出発前に連れてってね。ウルスラも一緒に」
「ああ。……このまま、朝まで一緒に寝るか?」
「うん」
気持ちも落ち着いてきたのか、アルマの顔に笑顔が戻った。
俺の頬に触れ、感触を確かめている。
「髭、やっぱり無い方がしっくりくるかも。剃らせちゃってごめんね」
「……アルマの意見としては、似合わないって感じか」
「そんなことないけど……やっぱり、最初の印象があるからさ」
「まあ、そんなもんか。そのうち、似合う顔つきになってくると思うんだが……」
髭が似合うようになってからではなく、先に髭を伸ばして周りを慣れさせる。
そう、これは先行投資だ。
よく分からない事を考えながら、いつの間にか二人で眠っていた。
次の日。
侍女二人は《揚羽》の墓参りを終えた後、タチバナと共にマールを離れた。
タチバナとしては、パルティーヤまでの馬車代の節約が主な理由。
三人に共通するメリットとしては、道中の話し相手が増えた訳で。
マールからパルティーヤ、リヒトブリックの間は比較的安全だ。
野盗に襲われたなんて話は、もうずいぶんと聞いていない。
それでもやはり、少人数は心細い。
街道の整備が始まれば、もっと早く、もっと安全になるんだろうか。
三人を見送った後、俺は書斎にグラーネを呼んで話していた。
ソファにもたれかかる俺と、窓際で外を眺める我が妻。
アルマ達が無事に帰れるよう、旅の安全を願っているのかもしれない。
「……客人が帰って、ようやくマールの内側に専念出来るな。別に、邪魔だとは思っていなかったが」
視線を室内に戻したグラーネ。
あの三人と過ごせたのは良かったが、やるべき事が山積みなのも事実だ。
今回の件については、事が片付いてから族長達に報告した。
秘匿性に加え、緊急性のある話だったので事後承諾になってしまった。
サイモンとオズワルドは渋い顔をしていたが、やはり亜人救出という功績もあり、俺がお咎めを受けることは無かった。
その代わり、マールの事業に回す金については、使途を族長達へ報告するよう念を押された。
「それにしても……問題は、金貨の使い道をどうするかだ」
俺はソファに背を預けたまま、腕を組んで考える。
使い道は山ほどある。
だが、その中の一つがとても重要だ。
これに関しては、条件が整わないと金を使えない。
それに、繊細な話でもある。
グラーネを含む、マールで暮らす人々に相談するのも難しい。
なので、しばらくは表に出さず胸に留めておく。
「……ソウマ、今のうちに聞いておくぞ。どういう形になるか分からんが、次はノヴァリスとの戦争になる──お前もそういう考えで間違い無いか?」
「だろうな。……ただ問題は、奴らがどういう経路でマールに来るのかって話だ」
正面にはマール大要塞がそびえ立つ。
海沿いに進んでも、その先にあるのは足場の悪いマール大森林。
前者には兵站の問題があり、後者は装備を軽くして兵力も絞らなければ通れない。
どちらもあまり現実的な話ではない──だが、相手はあのノヴァリスだ。
恨みは人の思考をおかしくする。
いずれにせよ、最大限の備えが必要だ。
「……海岸の要所にいくつか小屋を建てて、見張りをさせるか? それなら何かあった時、すぐに狼煙を上げられるだろう」
グラーネの案は無難だし、悪くないと思った。
俺は頷き、ソファから立ち上がる。
「何か思い付いたら、何でもいい。俺に伝えてくれ。……ここからが正念場だ」
「ああ、分かっている」
グラーネと共に書斎を出た。
屋敷の廊下を歩きながら、気を引き締める。
──負ける訳にはいかない。
俺達はこの国で、ずっと生きていくのだから。




