34話 過大な対価と、合縁奇縁④
柵にもたれかかりながら、気まずい空気を存分に味わっていると。
不意に、左肩を叩かれた。
横に視線をやると、ウルスラが右手を差し出している。
「ん」
「……?」
「だから、仲直りの握手。はい」
「まあ……握手しとくか」
俺も右手を差し出し、握手する。
こいつの手、小さいな。
背も低いし、当たり前だけど。
「じゃ、仲直りしたってことで。帰りましょ」
「いやいや、待て待て。お前がどう思ってるかはともかく、こっちはちょっと握手した程度で仲直りってのは……」
「……はあー、めんどくさ。女々しい男は嫌われるわよ?」
なっ……女々しいだと!?
そもそも、お前が変に突っかかってきたのが悪いんだろうが。
あとその発言、俺が生まれた世界じゃ許されないからな。
などと、心の中で反論してみる。
言い合いになってはいけない。
ここは俺が大人になって、丸く収めるべきだ。
「ねえ、あんたはどうしたら納得するわけ? 土下座? それとも、アルマみたいに抱かれりゃいいの? ……ほら、こんな風にさ」
ウルスラはシャツの裾を掴み、腹が見える所までめくり上げた。
「お、おいっ、こんな場所で何を──お前、それ……」
周りに人がいないとはいえ、明るい場所だ。
慌てて制止しようとしたが、ウルスラの腹部を見て言葉を失った。
切り傷や火傷の跡、痣のように黒ずんだ古い傷跡。
傷が癒えてなお、悪意だけが今もこびりついているようだった。
「どう? 気持ち悪いでしょ? ……父親にやられたの、これ。私の父親、野盗だったから。母親は、父親がどっかから連れてきたって聞いた。連れてきたっていうか、さらってきたっていうか」
「そう……だったんだな」
エリノアの近衛侍女四人のうち、ウルスラだけは貴族の家生まれじゃないってのは、聞いたことがある。
そんなウルスラは、どういう経緯でエリノアに拾われたんだろうか。
俺の疑問に答えるように、彼女は語り続ける。
「……姫様と出会ったのは、八年くらい前。当時、国内の治安維持に、姫様が兵を駆り出したんだって。あんたも知ってると思うけど、昔は姫様、身体が弱かった。それでも、やる必要があったみたい」
「まあ、王族だと色々な」
ただ城の中で暮らしているだけでは、貴族や文官達から不満の声が上がる。
当時の事情は俺に分かるはずもないが、想像するくらいなら出来る。
エリノアには王族としての価値があるのだと、示す必要があったのかもしれない。
「私たちが暮らしていた拠点が攻撃されて、その時に両親は死んだわ。……あのクソ親父、母親を盾にしようとしたけど、二人とも矢で殺された」
「それで、エリノアに保護されたのか」
診療所に立ち寄った時、療養中の亜人達に対して冷たいと思っていたが、そんな事情があったのか。
生きていれば、自分のように新しい居場所が見つかるかもと。
「……聞いておきたいんだけど、もしアルマとイライザじゃなく、私とエメリンだったら──あんたはどうしてた?」
「どうしてたって……別に、変わらなかったと思うぞ? 言っておくが、アルマとイライザだって善意だけで助けた訳じゃない。エリノアを守る存在として、お前達が必要だと思ったからだ。マールにとって、リヒトブリックの安定は大きな利益だからな」
俺の物言いを、ウルスラは表情を変えずに聞いていた。
こいつと今後も付き合っていくなら、正直に話した方がいい。
そう判断した。
「……どうかしてるわ、あんた。それで自分の身に何かあったら、本末転倒じゃない。マールにとっても、あんたは重要な存在でしょ?」
「ま、そうなんだろうな。……だが、結果としては上手くいった。とりあえず、それでいいだろ」
「……」
ウルスラは何か言いたそうにしていたが、口を閉ざしてそっぽを向いた。
もう一度俺の方を向くと、今度は俺の右手を両手で握った。
「ありがとう、アルマとイライザを助けてくれて。私の居場所を守ってくれて。……これからはあんたのこと、ちゃんとした場所ではスタリオン様って呼ぶから」
「ああ、分かった。……とりあえず、これで仲直りか?」
「ええ。そういうことにしときましょ」
よく見ると、ウルスラは微かに笑っていた。
俺の方も、彼女に対するわだかまりは無くなった。
ウルスラからしてみれば、“種馬”の俺は敬愛すべき主を汚す存在。
そんな俺が今回、彼女の大切にしている者達を守った。
不思議な巡り合わせもあるもんだな、全く。
「……そういえば、マリアンヌとラファエルはどうしてる?」
「元気よ、すっごく。……父親って名乗れないけど、あんたの子供でもあるのよね」
「事情もあるし、仕方無いさ。二人が普段どんな風に過ごしてるのか、聞かせてくれないか」
ほんの少し打ち解けた俺達は、それから色々な話をした。
マリアンヌとラファエルのこと。
エリノアとカール子爵のこと。
他の近衛侍女のこと。
お互いの好きな食べ物のこと。
友人、とまではいかなくても、これなら普通の知り合いだな。
ずいぶんと時間が掛かったが、これで抱えていた人間関係の問題が一つ解決した。
──もっとも、解決したのは俺個人の問題だけだ。
ノヴァリスから金貨一千万枚分の恨みを買った現実は、何一つ変わっていない。
リヒトブリックと協力して、これからの難局を上手く切り抜けなければ。
「おーい! そろそろ仲直り、終わったー!?」
子供達と遊び終えたのか、手を振りながらこちらに駆け寄ってくるアルマ。
手を振り返す俺の隣で、ウルスラはぼそりと囁いた。
「……じゃ、アルマのことは頼んだから。遠慮せず貫いてやって」
「……お前なあ……」
色々あったが、二人を連れて屋敷に帰った。
明日は近場を案内するか。
それとまあ……なんだ。
髪とか髭もしっかり整えて、歯も磨いて。




