34話 過大な対価と、合縁奇縁③
俺とグラーネが固まっているのを、アルマは楽しげな顔で眺めている。
ウルスラは口に入れた茶菓子を紅茶で流し込んでから、アルマの代わりに賠償金の話を続ける。
「姫様から、取り分はまず半々を提案しなさいって言われて来た。でも今回は、あんたの功績が大きいから。あんたの決めた取り分でいいってさ」
半々の場合、金貨500万枚が俺の取り分だ。
……正直、多すぎる。
「賠償金のうち、ソウマくんに回す分は、あくまで個人への報酬だから。どう使うかは自由だよ」
エリノアとしては、俺への報酬としたい訳だな。
だったら俺は、こう提案する。
「俺が300万、そっちが700万でいい。そもそも、賠償金はノヴァリスがリヒトブリックに対して払う金だ。個人である俺が受け取るには、300でも多いくらいだ」
「……だってさ、アルマ」
「私たちとしては、その方が助かるんだけど……本当にそれでいいの?」
「ああ、それでいい。それと……悪い、ちょっと待っててくれ」
一度、応接室を出て書斎に向かう。
アルマ達に渡す予定だった書簡を二通抱え、応接室に戻ってきた。
「この二通をエリノア王女に渡してくれ。人身売買に関する救済機関の設立と、疫病対策についてまとめてある」
「人身売買に関する、救済機関……? それと疫病対策だね。分かった、預かるよ」
救済機関については、ノヴァリスに対する牽制の意味合いが強い。
まずはマールとリヒトブリックに窓口を設け、他国にも呼び掛ける。
その後は各国に相談所を作ってもらい、この大陸から人身売買を撲滅しましょうと働きかける。
まあ、アドラーはともかく、ノヴァリスは賛同しないだろう。
別にそれでいい。
疫病対策に関しては、人道的な配慮というよりは国力の温存が目的。
もし、大陸中を巻き込むような大規模な疫病が広まったとする。
マールとリヒトブリックが被害を減らすことで、軍事的に優位に立てるからだ。
状況次第では、他の三カ国に対し支援を行う余力も出てくる。
その時は、敵国だからといって見捨てるのが得とも限らない。
「ひとまず……これでお互いに用事は済んだって感じか?」
「うん、そんな感じだね。私たち、三日くらいはこっちに滞在していいって言われたから。ソウマくん、マールの色んな場所に連れてってくれる?」
「ああ、構わないぞ」
これで堅苦しい話も終わり。
そう思っていると、ウルスラがアルマの背中を叩いた。
「あんた、肝心なこと忘れてるでしょ。ほら、ここで言っちゃいなさい」
「ええっ!? ……いや、でもさあ……」
アルマは急に縮こまり、ちらちらとグラーネの方に視線を送っている。
「なんだ、私がいると出来ない話か? もしそうなら、出て行っても構わんが」
「いや……、むしろグラーネさんにお伺いを立てなきゃいけないっていうか……」
はっきりしない態度のアルマに対し、俺とグラーネは首を傾げた。
「はあ……。じゃあ、アルマの代わりに私が言うわ。こいつ、あんたに惚れたんだって。悪いけど、抱いてやってよ。処女だし、面倒だろうけどさ」
……意味が分からない。
なんでいきなり、そういう話になるんだ?
困惑する俺の隣で、グラーネが顎に指を添えた。
「ふむ、なるほど。……つまり、こういう事か。自らを危険に晒しつつも、我が身を救ってくれたソウマ。そんなお前に対し、アルマは恋心を抱いてしまった……らしいぞ」
「そう……なのか?」
「……うん、そうみたい。こんなの、馬鹿みたいだよね。あはは……」
いわゆる、吊り橋効果ってやつか。
実際、アルマとイライザは本当に危ないところだった。
あと少しでも救出が遅れていれば、二人は裏闘技場で一騎打ちをさせられていた。
近衛侍女の仕事を続けていく上で、後腐れのない形を考えた結果なんだろう。
「……一応聞くが、それはアルマ本人の意思なんだよな?」
「うん。姫様にも相談した。相談したっていうか、イライザに告げ口されたんだけど……。恋人になりたいっていうのとは、ちょっと違うかな。今の仕事も続けたいからさ」
同僚の細かい変化に気付くのは、イライザらしいというか。
俺の気持ちとしては、別にアルマの事は嫌いじゃないし、この世界に来た当初は世話になった。
だが、恩があるから抱く、というのは失礼だ。
彼女が本気でそう望んでいるなら、その気持ちを雑に扱うべきではない。
「ちなみにだが、私は別に反対するつもりはない。二人で決めてくれ」
グラーネとしては、特に問題は無いらしい。
じゃあ、俺とアルマだけの話か。
「……まあ、話は分かったよ。ただ、すぐにそういうのは俺も難しい。アルマがそのつもりなら、三日目の夜とかでいいか?」
「お、お願いします……」
アルマは上目遣いで頬を染めながら、俺に対してぺこりと頭を下げた。
「うむ、今度こそ話は終わりだな。お互い大金を受け取れることになったし、良い結果で終わってよかった。マール国内を案内するのは、明日からでいいんじゃないか?」
「だな。二人とも、今日は屋敷でゆっくりしてくれ」
「うん、そのつもりだよ」
「……ねえ、新しい銃の開発は? 私、そっちに興味があるんだけど」
「はいはい、明日撃たせてやるよ」
アルマとウルスラが加わり、夕食の時間は更に賑やかになった。
二人はクラスメイトと会話を大いに楽しんだ。
アルマとマリカに関しては、なんだか微妙な空気を漂わせていたが。
食事が終わった後は、レオナルド達とも仲良くしてくれた。
俺は……そうだな。
今のうちに、二人をどこへ案内するか考えておくか。
次の日、俺はアルマとウルスラを連れ、馬でマール国内を案内して回った。
海人や鉄人の町に連れて行き、買い物に付き合った。
森人と竜人は気難しいところがあるので、代わりに俺が管理しているアンテリナの町に連れて行き、二つの種族と交流させた。
アンテリナで昼食を済ませた後は、ウルスラの行きたい場所へ。
高炉近くにある実験場で、新型ライフル銃の試し撃ち。
二人とも、最大五発まで撃てることに驚いていた。
その後は、ジョエルの村の近くにある診療所を訪ねた。
ここはユヅルの診療所で、ノヴァリスから救出した亜人達を療養させている。
いつか社会復帰できる日が来ることを、俺たちは願っている。
診療所を出た後、アルマが口を開いた。
「……やっぱりあの人達、まだ普通の生活は難しそうだったね」
「……まあ、仕方ないでしょ。生きてノヴァリスを出られただけマシじゃない?」
「そうかもしれないけど……ソウマくんはどう思う? あの人たち、いつか笑えるようになるのかな……?」
「……難しいな。心の問題も、身体の問題もある。俺達の世界だと、症状を和らげる薬や、専門家の助けもあった。でも、ここでは同じようにはいかない。とにかく、見守るしかない」
診療所を後にした俺達は、ジョエルの村に寄った。
ジョエルに二人を軽く紹介した後、村の中を散策することにした。
「ここの人たち、アドラーから来てるんだよね? ……あっ、子供が遊んでる! あたしも一緒に遊んでこよーっと!」
そう言うなり、アルマは子供達の方へ走っていった。
途中でくるりと振り返り、こちらに向かって大声で叫んだ。
「二人とも、ちゃんと仲直りするんだよー!」
これじゃまるで、俺達が喧嘩した兄妹か何かみたいじゃないか。
あいつ、気を利かせたつもりか……?
「……仲間思いの同僚だな」
「……ええ、ほんとに。嬉しすぎて、泣きたくなっちゃうくらいよ」
途方に暮れた俺達は、とりあえず近くにあった家畜用の柵に腰を預けた。
──どうすりゃいいんだよ、この空気。




